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初拾いは近所の小川

 今年の初拾いはやはり近所の小川となりました。たいした陶片が出るわけではありませんが、ちょっと1時間拾ってこよう、なんてことができるのはここだけです。
 暖かい日で昼間は直射日光が暑いと感じるほどでしたが、水の中はさすがに冷たい。ポケットのカイロでたえず手を温めながらの陶片拾いでした。これは拾い上げてみると古いものではありませんでしたけど、キラキラした水の底に陶片がある様子はいつ見ても美しくてドキッとします。決して水がきれいとは言えない小川ですが、いろいろな場所の川を歩いていますので、まだ良い方だと感じます。
 さて、初拾いの成果は・・・まあ、こんなもんです。上の左2つは江戸陶片。その隣もたぶん江戸かな?あとは近代の印判食器と、福山市の鞆でよく見つかるような容器の破片です。畑賀川としては平均値でしょう。
 一度に拾えるのはこの程度ですが、近所なもんでチリも積もればなんとやら、江戸陶片だけでも引き出し一杯分はたまりました。今はもう少し増えてますけど。この写真は以前もアップしているはずですが、映像的に華やかになるかと付けちゃいました。(^u^)
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# by touhen03 | 2012-01-10 08:44 | 海田町の川 | Comments(8) 

去年の秋、通勤途中はキノコだらけ

 去年の秋、通勤途中で見たキノコです。クロマツの若木の周りに群生していました。手元にあるキノコの本を見てみると、イグチ科の食用茸にちょっと似ているような気がしました。チチアワタケ???なんでも松林に生えるキノコで、カサを開くまで歯ざわりがよくうまいと書いてあります。どうでしょうね?さすがにそんな不確かな状態で試しに食べてみるわけにはいきませんでしたが、毎日、たくさん生えているキノコを眺めながら、もったいない気がしていました。
 キノコが生えていたのは、この松並木に沿って植えられた若木のまわりでした。ここは昔、西国街道だった場所で、参勤交代で江戸から帰ってくる殿様を家臣がここまで出迎えたことから、出迎えの松と呼ばれ、その当時の松が今でも残っています。

# by touhen03 | 2012-01-05 23:52 | その他 | Comments(2) 

扇と軍艦

 拾った陶片の手がかりを求めて骨董市を覗きはじめた頃、私が初めて買った古絵葉書です。明治40年軍艦伊吹の進水紀念。華やかな扇と軍艦の取り合わせが、現代の感覚と違っていておもしろく、心惹かれました。当時は値切るということを知らず、業者さんの言うままの値段で買いましたが、それでも絵葉書が今よりずっと安かった頃なので、昔の美しい印刷物が気軽に手に入ることに驚いて集めるようになりました。陶片と両方は無理と思い、一時は蒐集を止めようと思ったこともありましたが、止めることができませんでした。増え続けています。(^^ゞ 幸いあまり場所を取らないので、陶片の置き場所を侵食する心配はなく、仕方ないかと諦めています。

※おっとっと・・・うわあ、これ、前に一度取り上げてます。うわっ、恥ずかし。しばらくこのブログ放置している間に健忘症が進んだか。削除したいところですが、ええい、仕方ない、早く次のネタをアップしちまおう。
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# by touhen03 | 2012-01-04 07:08 | 骨董市・ガラクタ | Comments(3) 

迎春 2012年

 去年はなかなかブログの更新ができませんでした。それでも、陶片窟は私にとって大切な場所です。今年は少しずつ再開したいと思っています。これからもよろしくお願いします。

竜は陶磁器の模様として、干支のなかで最もよく使われているのではと思います。表の模様だけでなく、お皿の裏にも簡略化された竜たちが描かれてきました。

# by touhen03 | 2012-01-01 04:43 | Comments(12) 

陶製ベーゴマ

 学生服ボタンのすぐそばに落ちていたのがこれ。先が欠けてしまってますけど陶製ベーゴマです。陶製ベーゴマも「<代用品>としてのやきもの」瀬戸市歴史民俗資料館図録を見ると戦時代用品として作られています。これもたぶん陶製学生服ボタンと同じ時代のものだろうと思います。
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# by touhen03 | 2011-09-24 08:12 | | Comments(4) 

戦時代用品の学生服ボタン・8月末の鞆

 8月末、ほんとうに久しぶりに鞆へ行きました。
 干潟に裏側を見せて落ちていた小さなモノ。いつか拾いたいと探していたものだと直感で判りました。
 戦時中、金属不足を補うために作られた陶製の学生服ボタンです。


長い間ご無沙汰いたしました。無理せず少しずつ再開しようと思っています。
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# by touhen03 | 2011-09-18 11:02 | | Comments(22) 

下島大川の型紙刷り陶片勢ぞろい

 下島大川で一番目立った型紙刷りたちですので、珍しくはありませんが、このシリーズの最後に記念の集合写真を撮ってみました。陶片が集中していたのは、せいぜい50メートル程度。大きな破片のあり、細かいものなら幾らでもという感じで、さすがに全部は拾いませんでしたが、泥干潟は青い陶片だらけの印象でした。
 このお茶碗、もう少し良い状態で出てくれたら嬉しかったのですけど・・・(^^ゞ
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# by touhen03 | 2011-06-21 07:16 | 広島の島 | Comments(4) 

下島大川・不思議な子供茶碗

 子供茶碗らしいものを拾ったのですが、これ・・・模様が激しくズレています。まさかもともとこんなデザインってことはありませんよね?模様のズレは珍しくもありませんが、これはすごいと思います。
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# by touhen03 | 2011-06-21 07:13 | 広島の島 | Comments(8) 

下島大川・清酒華鳩の杯

 戦後の食器で思い浮かぶものと言えば、この紺地に白い水玉模様の器があります。子供の頃、どこの家でも見かけました・・・などと言えば年齢がバレそうなシロモノでもあります。この白い水玉の部分、触ってみるとへこんでいます。描き模様でも印刷でもないのです。量産食器だと言うのに、なんと職人さんが水玉部分を一つ一つ彫っていたんですって。このデザイン、飯茶碗や湯呑、急須に代表されますが、いろいろなものに使われていたようです。今回下蒲刈で拾ったのは小さな杯でした。
 高台内には清酒 華鳩とあります。三次市にある、広島県立歴史民俗資料館の企画展図録「広島の酒文化」を見てみましたら、ちゃんと載っていました。下蒲刈島のお隣、倉橋島、音戸町のお酒です。蔵元の榎酒造は明治32年創業だそうで、今でも華鳩を作っています。お酒に詳しくない私は知らなかったのですが、最近も賞を取ったりしています。
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# by touhen03 | 2011-06-21 07:10 | 広島の島 | Comments(6) 

下島大川の江戸陶片

 これが今回の比較的古いもの。上段左端のすり鉢もたぶん江戸時代くらいかと。上段中央は色は悪いですけど18世紀後半の青磁染付碗です。右端は瓶の破片で、これも江戸陶片。下段は19世紀です。広島城の堀跡から出た幕末陶片の幾つかを成分分析したら砥部産だったとか。近代の印判食器と違って、幕末の砥部焼は肥前の量産食器と比べて特に雑ということはないそうで、成分分析でもしないと判らないらしい。ですからこれらの陶片もひょっとしたら砥部産かもしれません。もちろん肥前のものかもしれないのですが。

去年、ネアンデルタール人由来の遺伝子が私たちの体に数パーセント混じっていたという学説が発表されニュースになりました。私は嬉しくて嬉しくて、しばらくネアンデルタール、ネアンデルタールと言い続け、周囲に煩がられました。砥部焼ファンに怒られそうな気もしますが、あの時のドキドキ感とちょっと共通する楽しさがあるんです。そして砥部産食器の方は、もしかしたらネアンデルタール人の遺伝子よりももう少し高い確率で広島の陶片に混じっているのかもしれません。蛇の目釉剥ぎのある近代陶片、目跡のある銅板転写モノ陶片、けっこう出てきますからね。

前回に続き、今回も広島の陶片に伝わる砥部遺伝子?への妄想先行型記事になってしまいましたかも。気になってしょうがないんです。
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# by touhen03 | 2011-06-13 06:17 | 広島の島 | Comments(2) 

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