〇トマーク入りの型紙摺り碗が出ました!

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 これを見てください。型紙摺りの碗ですが、高台内に記号があります。やや不鮮明ですが、〇トの記号入りです。数字は11?それとも・・・? この記号入りは砥部産だそうです。統制番号かどうかまでは不明ですが、ゴム印の器についたものもあり、私は統制番号の可能性も高いのではと思っています。

 統制番号は戦時下、昭和16~20年に作られた陶磁器製品に付けられた産地と窯を表す記号です。もしこれが統制番号なら、この型紙摺り碗は昭和のものということになります。一般的には型紙摺りは主として明治時代に作られ、しだいに銅版転写に取って代られますが、一部では昭和になっても作られていたようで、岐阜県陶磁資料館の図録「戦時中の統制したやきもの」にも「岐」の統制番号入り型紙摺り鉢が出ています。砥部の場合は、型紙摺りが終焉に向かう大正時代以降も盛んに作られたようですから、統制番号であっても不思議はないかと思います。砥部町の川でも〇ト2の型紙摺り碗が出ましたし、呉市音戸町でも不鮮明ですが〇トの可能性のある湯呑を拾っています。

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 この〇ト陶片、内側には蛇の目釉剥ぎもあります。量産のため窯で重ね焼きをする時、器どうしが癒着しないよう、あらかじめ釉薬をドーナツ状に剥いでおいたものです。江戸時代の雑器にはよく見られますが、中国や東南アジアへ安価な食器類を輸出していた砥部では、コストを下げるため、むしろ大正時代以降盛んにこの方法で作られたそうです。型紙摺りの制作年代も一筋縄ではないというわけです。最近、おもしろい資料を見つけ、当時伊予ボールと呼ばれた砥部産食器が沖縄へも売られていたことを知りました。そのうち広島の海岸や川から出る砥部産陶片について、もう少し詳しくわかるかも・・・と期待しています。

 広島は砥部と地理的に近いせいか、砥部産の可能性の高い陶片がけっこう出てきます。広島の中でも場所によって、砥部産の占める割合が違うのかもしれません。次回は能美中町で拾った型紙摺り陶片全体を見てみます。



「平城宮跡を守る会」http://narapress.jp/hjk/
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by touhen03 | 2013-05-01 07:05 | 広島の島