釣士田港の陶片 その7

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 明治から昭和のものまで各種いろいろです。上段左端はちょっとおしゃれな形をした鉢。たぶん近代だと思います。

 海岸でお馴染みのものもしっかり出てきました。上段中央の二つ、これは大量に陶片が出る場所に通っていれば必ず出てきます。小さい器のわりに裏表しっかり描かれていて、霊芝文模様、サイズから高台の形まで皆似ていますので、ある一定期間、大量に流通したのだろうと思っています。右端の型押し小皿も定番です。これは明治時代、美濃地方で作られたようです。

 中段左端は高台内に「東陽軒平八製」らしい文字が残っています。昭和のゴム印モノで、和風な絵柄の飯茶碗を注意して見ていると時々見つかります。その隣は昭和っぽい盃で、真ん中の梅花一つを残し、まわりに枝や蕾が描かれていたのですが消えてしまって微かに痕跡を残すのみです。その右隣は吹き墨の富士山柄の飯茶碗、富士山も昔は人気のあるモチーフでした。

 中段右端は私が緑の縦縞と呼んでいるタイプで、丼や小丼っぽい、ややごつい器が多いです。少なくとも広島では一つの海岸で陶片を10も拾ったなら、高確率でこれが混じっているのではないかと思うほどです。赤い色や、中間色、金色を使わない点、ワンパターンな点は緑の二重線の国民食器を連想してしまいますが、国民食器と違ってバリエーションはけっこうあります。国民食器が統制番号を持つことが多いのに対し、これはない場合が多いのですが、統制番号入りもありますから、昭和戦前、二桁時代かと想像しています。

 下段左端は統制番号のようですが記号が読めません。その隣も統制番号「瀬297」碗か小鉢のようです。統制番号モノの右隣は蛇の目釉剥ぎしていますが、裏の高台の形、ろくろ跡、全体の感じから砥部産、それも大正時代以降の可能性が高いと思っています。下段右端は戦後のモノですが、ちょっとおもしろいので、次の記事にアップします。



「平城宮跡を守る会」http://narapress.jp/hjk/
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by touhen03 | 2014-05-16 16:25 | 広島の島