型紙摺りの陶片 その3 砥部産の混入

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 型紙摺りの碗です。海岸や川を歩けば出てくる型紙摺りですが、ちょっとおもしろいモノが出ています。下段右端の碗には、内側にドーナツ状に釉薬を剥いだ跡、蛇の目釉剥ぎがあります。窯詰めの時、この碗の中に小さな器を入れて焼いたのですが、そのまま重ねたのでは器どうしが溶着してしまうため、重なる部分の釉薬をあらかじめ剥いでおいたのです。

 蛇の目釉剥ぎは、本来は江戸時代の技術です。「くらわんか」など江戸時代の雑器にはごく普通に見られます。窯の効率のためには良いのですが、当然釉薬を剥いだ痕は残ります。見た目も悪いし、使っていると汚れもつきやすかっただろうと思います。そんなわけで近代になってからは、少なくとも有田や瀬戸、美濃地方など大産地では蛇の目釉剥ぎは行われなくなります。

 しかし愛媛県の砥部の場合、大正以降、東南アジアなどへ「伊予ボール」と呼ばれた安価な食器を輸出していました。それらはコスト削減のため、古い蛇の目釉剥ぎをあえて復活させていました。地理的に近い広島には、その時代の砥部焼がかなり入ってきているようです。砥部産の食器の場合、明治のものは比較的質の良いものが多く、蛇の目釉剥ぎは驚いたことに、むしろ大正以降の器に見られます。型紙摺り自体、他の産地ではしだいに銅版転写での絵付けに取って代られますが、砥部では大正時代以降も作られ続けています。

 蛇の目釉剥ぎのある、この碗はおそらく砥部産で、大正時代以降に作られた可能性が高いというわけです。型紙摺りに使われる模様の型紙は専門の業者がいたそうで、模様で産地は判らないようですけど、それでも砥部に多いデザイン、「砥部好み」というのはありそうです。蛇の目釉剥ぎのある碗の隣の碗には、よく見ると福という文字が入っています。この柄は砥部に多いです。見込には麒麟がいますが、この派手だけど、やや垢抜けのしない見込模様も砥部っぽいので、これも砥部産の可能性が高いかなと思っています。

 私が文明開化の青と呼んで楽しんでいる型紙摺りの器ですが、一筋縄ではいかない面もあります。とくに瀬戸内海を挟んで愛媛県と接している広島では、砥部産の器の混入率は意外に高いようで、私のコレクションの時代判定を難しくしてくれています。同時に「伊予ボール」時代の砥部焼がおもしろくてたまらなくなっています。干潟から出てくる陶片は、近隣の土地との繋がりを教えてくれることがあります。



「平城宮跡を守る会」http://narapress.jp/hjk/
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by touhen03 | 2014-07-22 22:53 | 広島の島