銅版転写は少なめ

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 海岸や川の陶片構成で一番多いのは、たくさんの昭和の陶片の中に、ある程度明治、大正の陶片が混じり、中に一つか二つ江戸陶片も出てくるというケースです。昭和の陶片は統制番号入りや戦時代用品を別にすれば、拾わないことも多いので、拾ってきたモノ=その海岸の陶片構成というわけではありません。しかし、それにしても瀬戸田町御寺の干潟には、大正時代以降と思える陶片が少ないように思えました。ここにアップした銅版転写で絵付けした器は明治~昭和戦前に大量生産されたもので、大正時代には量産食器の主流でした。その銅版転写モノでさえ、型紙摺りよりずっと少ないのです。もっとも、型紙摺りも砥部の混入がありますから、御寺の干潟の陶片の正確な時代構成はわかりません。砥部産の混入率は、特徴がはっきり出ているものの数より多いはずです。

 中段左端は鉢の縁の部分、下段の小さな破片は蓋モノで、縁に釉剥ぎがあります。たぶん3段くらいに重ねて蓋がついていたはずです。中段右から2つ目の碗は明らかに近代モノですが、内側に蛇の目釉剥ぎがあります。窯で重ね焼きをした痕です。これも砥部産の可能性が高いと思います。

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 蛇の目釉剥ぎのある碗の模様。拾った時はひょっとしてゴム印?と思いましたが、銅版転写の不鮮明なものだろうと思います。それに、蛇の目釉剥ぎがあるのです。



「平城宮跡を守る会」http://narapress.jp/hjk/
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by touhen03 | 2014-07-24 07:36 | 広島の島