鞆港を歩く その2

計画が実現すれば埋め立てられてしまうらしい場所を歩いてみました。
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そこは生活のにおいのする、雑然として平凡な海岸で、裏庭のような、勝手口のような干潟でした。特に観光客が喜びそうもない、でも、広島湾の島を歩いて見慣れた風景でした。そして、この干潟の端に、焚場跡があります。昔、木造船の手入れや修理をした場所だそうです。
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そして、浜へ一足踏み出したとたん、見つけたのが明治の型押し小皿でした。かなり保存状態が良いです。
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場所によっては、夥しい陶片に覆われているような場所もありました。
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こんなに陶片密度が濃い場所は滅多にありません。そして、その質も宮島に劣らないかもしれません。陶片を探し始めて、たぶん10分もたたないうちに、裏の高台部分の釉を剥いで鉄釉を塗った、17世紀後半の日本製の青磁らしい破片を見つけてしまいました。宮島を10年歩いて、たった2つ拾っているタイプです。
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今回拾ったものの写真です。埋立予定地で拾ったものが2/3、残りの1/3は「いろは丸展示館」のそばの雁木の下で拾いました。左上の方の茶色の陶片は狸の形をした保命酒の瓶、その横も保命酒瓶でいずれも戦前のもの。その隣にあるドーナツ状に鉄釉を塗ったのが17世紀の青磁皿らしいものです。右側の染付はみな江戸陶片です。
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明治の型押し小皿、明治らしい染色体模様の湯呑、印判皿、陶製人形の足、統制番号陶片、呉線沿岸の地名、安芸津の名前入り、お相撲さんの土鈴、それにガラス製品。ガラスの石蹴りもありました。陶製の沈子などは拾う気なら、幾らでもありました。

初めての場所は陶片の多いポイントもわからないので、どうしてもロスが多いのですが、それでも、とても質の良い陶片がこんなに拾えました。この他に今回はつい拾わなかった明治の型紙摺りなども、無数にありました。

鞆港を歩くのシリーズは、しばらく続けるつもりです。
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by touhen03 | 2006-06-12 01:53 |