鞆の陶片の第一印象

鞆で拾ったのは2回だけですから、「鞆の陶片とは」などと言えるわけもないのだけれど、それでも187個も拾えば、幾らかの傾向は出ていそうです。ただ鞆の陶片を語ろうとするうちに、広島の陶片全体を語ることになってしまいそうで、どうしようと慌てました。でも始めてしまいましたから続けます。

私は広島の陶片海岸について、陶片密度、陶片の時代と種類、陶片の保存状態、海岸ごとの個性、この4つの観点から考えています。

1.陶片密度

一定の範囲内にある陶片の数からの分類です。ただし、それぞれの海岸で正確に数えたわけではなくて、実は単に拾った時の印象です。(^^ゞ これまで広島では似島の海岸が一番でした。よく「陶片が佃煮にするほどある」と表現してきた場所です。(便秘になりそうな佃煮ですこと・・・)宮島も陶片は多いのですが、幾つもある陶片スポットも「陶片が密集している」というほどではありません。その点では、鞆の陶片海岸、特に埋立予定地にある場所の場合、この密集度は一目見ただけで凄いです。私が知っている範囲では、広島で一番かもしれません。

2.陶片の時代と種類

(1)17世紀以前の陶片や、生活必需品以外の江戸陶片が出るか
江戸陶片は案外どこでも出ますが、18世紀半ば~幕末頃のものが大部分です。この頃、磁器或いは半磁器の食器が普及したためのようです。確かに広島のどこの海岸でも、線を引いたように、出てくるのは古くても18世紀半ば~後半頃に作られた、くらわんか茶碗や皿までです。それよりも古い、特に17世紀以前の陶片が出たのは、今のところ宮島と、呉市倉橋島の鹿老渡、海岸ではありませんが、八幡川河口付近くらいです。川の場合はどの場所から出たものかが判りにくいのですが、宮島は昔からの信仰&観光の地、鹿老渡は鞆と同じ、昔栄えた港です。鞆はその点、17世紀の肥前系青磁皿が出ました。表に模様が彫られた高級品で、当時の庶民には無縁のものです。(下の写真)18世紀前半くらいまでの唐津、或いは唐津かもしれないものも出ました。
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また、海岸の江戸陶片で圧倒的に多いのが、飯茶碗、小皿、湯のみなどの類いです。これらは生活必需品で、昔だって無いと困るものです。当然大量に流通していて、どこの海岸でも、出てくるのは主にこれらです。文房具や化粧用具、やや高級な皿が出る場所は幾らか限られてきます。鞆は、文房具の水滴(江戸時代なら。少し時代に不安があります)、化粧品などを入れた段重の破片、幕末頃ですが、比較的大きな染付皿など、高級品とは言えないまでも、生活を楽しむためのものが、たった2回で、幾つも拾えました。鞆の陶片は、豊かさの片鱗も覗かせています。
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(2)陶片の時代構成
拾った鞆の陶片の主な構成を見てみると、保命酒瓶(主に明治~戦前くらい?)が約35%、明治~大正(印判は昭和戦前の可能性もあるが含む)約26%、江戸陶片(それより古い可能性のあるもの、江戸陶片かもしれないものを含む)約18%、昭和と判るもの約11%、その他10%です。近代陶片の中に江戸陶片が少し混じるという構成は、他の広島の海岸の方に似ていて、ほぼ毎回、過半数を近代以前の陶片が占める宮島とは違います。ただし、例えば、今年3月30日の似島では82個の陶片を拾っていますが、このうち江戸陶片か、江戸陶片かもしれないものは7個です。「今日は江戸陶片が多いなあ」という印象を持った日でしたが、それでも拾った陶片の中の江戸陶片の割合は8.5%程度です。鞆の場合、海岸の状態を知りたくて、似島だったら拾わないかもしれないような保存状態の悪い近代陶片でも拾っていますから、鞆の近代以前の陶片率は、広島の海岸の平均より高いとは思います。

3.陶片の保存状態

宮島では、くらわんか茶碗が1/4~半分欠け程度の大きな破片で出てきます。近代陶片では、似島・長浜海岸の保存状態が飛び抜けていて、半分欠けくらいはザクザク、たまに完品も拾えます。八幡川河口付近の陶片は種類も多く、質も良く、古いものが出ますが、高台部分だけだったり、摩滅していたり、小片だったりすることが多いです。もっとも、たまに驚くほど保存状態の良いものが突然ころんと出てきて驚くことがありますけど。その他の海岸や川は、近代陶片については大きなものが出る場所は多いですが、、江戸陶片は高台付近や縁の小さなカケラの場合が多いです。鞆の場合はというと、今回の結果を見る限り、不思議なことに保存状態は保命酒瓶以外は良くないです。他の海岸並みでしょうか。理由は解りません。ただ明治の染付印刻小皿の大きな破片も出ていますから、保存状態については、何回か通わないと解らないかもしれません。下の写真は私が住む海田町を流れる瀬野川河口付近の陶片です。よくある保存状態はこんなものですが、鞆の陶片も、今回はあまり変わりませんでした。
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4.海岸ごとの個性

同じ広島の海岸でも、場所によって、そこだけに多く出る陶片というものがあります。たとえば宮島なら土器。古い時代から陶片が堆積しているのでしょう。似島の場合は緑の二重線が縁にある器や統制番号陶片、それに防衛食容器。昭和の陶片でどこにでもあるとはいえ、大小さまざまな破片がどこよりもたくさん出てきます。戦前は島に軍の施設があった影響なのかどうかは解りません。大久野島からは毒ガス工場関係の容器の破片が幾らでも出ていました。(聞くところによると、砒素が出て問題になった後、安全対策の結果か、陶片が見られなくなったそうです。一度行って確かめてみる必要がありそうです)そして、鞆では保命酒の容器です。昔の保命酒作りでは、割れた容器を海岸へ捨てていたそうですから、鞆の場合は、生活ゴミの堆積場所であると同時に、昔の産業廃棄物捨て場でもあったわけです。それぞれの陶片海岸の個性は、その土地の歴史と強く結びついていそうです。

こうやって見てみると、鞆の陶片の素質はかなり良さそうです。陶片密度が高いのは、陶片の状態から見て、場所の保存状態が良いというよりも、ゴミ捨て場の規模そのものが大きかったのかもしれません。(この点、似島の場合は逆で、ゴミ捨て場の規模は小さくても、保存状態が良いのでは???と思っています)古くからの港だったため、海岸線は昔からたえず人の手が入っているようで、18世紀末にも大掛かりな工事をしているようですから、宮島ほど古いものが拾えるかどうかは判らない気がします。それでも千石船や保命酒で栄えた、かつての鞆の繁栄を考えると、上手の伊万里や、文房具など趣味性の高いものが出てくる可能性は高そうですし、中国陶磁なども出る可能性はあると思います。海底に堆積した陶片の漂着がどの程度あるのかにも興味があります。出会ったばかりの鞆の陶片ですから、何を語るにも、もしかしたら~かも、ひょっとしたら~では、となってしまいますが、これからの出会いが楽しみです。ブログに不似合いな、やたらに煩雑な内容になってしまいましたが、ある程度陶片が溜まった頃に、改めて「陶片窟」で取り上げようと思っています。
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by touhen03 | 2006-06-27 00:34 |