鞆の宝物尽くし その1

今まで何度か拾った陶片の内訳をアップしており、今回拾った陶片が500個を越えたため、その内訳を書き込もうと思いましたが、なんだか読み物として、あんまり面白くない。そこで今回は、代表的な陶片、珍しいもの、おもしろいものを写真とともに紹介します。鞆の宝物尽くしです。
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まずは一番古い陶片達。上段左端はもちろん、あの中国青磁碗です。その隣は17世紀の日本製の青磁皿です。表の写真はこれです。
日本製青磁皿の右隣は土器です。よく見ると櫛目のような筋が入っています。けっこう古いのかもしれませんが、今のところこれ以上は何もわからないです。残りは17世紀半ば~後半の染付と、京焼風陶器や刷毛目タイプなどの唐津系です。
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これは18世紀半ば~幕末のものです。くらわんかの茶碗に小皿、灰色っぽいタイプの陶胎染付。19世紀の線描きタイプのかなり大きな皿は、飯茶碗などの日常食器に比べると少し贅沢品だったのか、こんなに出る場所は少ないです。化粧品などを入れたらしい段重(左上、大きな角皿の上)、蝶の模様入りのお洒落な小皿や本の絵が入った小片は遊び心のある器達。右端下は佐賀県塩田町の志田窯製か。江戸~明治の海岸陶片の代表格の一つですが、これもちゃんと出ました。呉須の色の感じから、これは江戸時代かな。
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近代初期もの。左端上の菊花型押し皿は江戸時代の早い時期からあるデザインですが、海岸で出会うものは幕末~明治が多いようです。その右隣の湯呑か盃の破片は、私が勝手に染色体模様と呼んでいて、このデザイン、幕末~明治に大流行しました。激動の維新前後を生き抜いた小さな器は、時代の変化につれて、天然呉須の手描き、合成染料の手描き、印判(型紙摺りタイプ)と様々な方法で絵付けされています。鞆で出たのは明治モノのようです。左端下の波と鳥の染付印刻小皿や、その右上、染付型押し小皿の小片は明治時代に美濃で量産されたもの。その横の角ばった小片2つは水滴です。(左側のもたぶん)右側は江戸か近代か、ちょっと迷っています。その上は明治の手描き。裏は型紙摺りです。右側の5つは、近代皿なのに、蛇の目釉剥ぎがあります。お皿の真ん中の釉をドーナツ状に剥いだもので、窯で重ね焼きをする時に、器どうしが癒着しないためですが、江戸時代に盛んだった方法です。近代初期ものと大雑把な表現をしましたが、蛇の目釉剥ぎには思ったより時代の幅があるようで、とりあえずの分類です。他も、幕末~明治に多かったもの&明治のものというくらいの分類です。陶片の出る海岸や川なら、何度も通っていれば、いずれ出てくるモノ達ですが、鞆の場合はあっという間に揃ってしまいました。
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印判の器達です。右側はおもに明治に大量生産された型紙摺り(摺絵)タイプ、左側は明治~昭和の銅版転写です。写真には比較的大きな破片を集めましたが、不思議なことに鞆の印判陶片はあまりパッとしません。型紙摺りタイプは、数は多いのですが、ほとんどは小片ばかりで、大きなカケラは珍しいんです。銅版転写の方は、数そのものが他の陶片に比べて少ない気がします。広島湾の島や呉線沿岸の陶片海岸の多くは印判食器が中心で、これよりも良いモノが出ています。ただ鞆も、皿、大皿、飯茶碗、蓋、湯のみ、徳利、鉢、火入れ?など満遍なく出てはいます。

年代については、いつも幾らかヒヤヒヤしながら書いています。できるだけ正確にと思っていますが、間違いがある・・・かもしれないです。m(__)m 
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by touhen03 | 2006-09-19 23:47 |