鞆の石ころ干潟

17日に鞆へ行ってきました。あいにく雨の降る寒い日でしたが、今回は目的がありました。干潟を掘ってみようと思ったのです。干潟の陶片は今出ているものを丁寧に探す方が、欲張って泥の中に埋蔵されているものを掘り起こすより遥かに効率が良いため、普通ならしないのですが、ここは差し迫った埋立計画がありますので、埋蔵状態を幾らかでも確認しようと思ったのです。ただし、以前、宮島でこれをやって次の日寝込んだ経験がありますので、30分間だけ掘ると決めました。ですから、掘るなんて言っても、実際は潮干狩りレベルです。場所は計3ヶ所。最初に掘ったのは、満潮線に近いあたりで、ここは大きな石ころばかりで、少し瓦が混じっている程度でした。そこで波打ち際と満潮線の中間くらいの場所を掘ってみました。
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なんだこれくらいと思われるでしょうけど、もし潮干狩りでアサリを掘った経験などを思い出していらしたなら、これはまったく違います。スコップと熊手を使ったのですが、カチン、ガリガリ、これが掘る時の音でした。ここまでの穴ができるまでに山ほどの石ころを周囲に放り投げました。石ころをどけては、その下の別の石ころに当たり、それを取り除いてまた別の石ころを掘り出す。中から水が染み出してくる頃には腕が痛みました。宮島でも同じ経験をしていますが、こちらの石ころ含有率ははるかに高いようです。宮島の場合は陶片の多いあたりでも、掘ればアサリも出てきますが、ここはアサリだって、もしいたとしても石に押しつぶされそうな感じです。
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この小さな穴の中から出てきたタイルと陶片です。この他に瓦やレンガの破片も出ました。
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こちらは波打ち際近くで掘りました。例えば宮島なら、このあたりで掘れば、出てくるのはアサリです。サクサクと干潟の泥が気持ちよく掘り返されて潮干狩りを楽しめます。
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ところが、ここでは掘るたびにこんな石材がゴロゴロ出てくるのです。幾ら掘っても、海水が湧いてきても、その水をかい出しながら掘った底からまた出てくるのです。これは石垣などに使う石材でしょうか。少なくともこれ、形からみて自然の石ころではないですよね。後の2つの穴からも、このタイプの石は出てきましたが、ただここみたいに、いかにも石材のままという感じではなくて、不定形のただし丸くない角張った大小不ぞろいの石でした。(写真撮っとくべきでした)
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そして、この穴から出てきた陶片です。こんなに出てきたのです。やはりこの干潟の陶片密度はかなり高そうです。

さて、鞆の干潟とはいったいどんな場所なのか。たったこれだけで正確なことがわかるとも思えませんが、宮島の陶片が集中する場所と比べても、ここは異様でした。なにしろ干潟を掘ったという感じがしないのです。確かにここは干潟で、私は陶片を拾うたびに手が泥だらけになります。しかし、掘ってみると、泥や砂ではなくて、ここは石や岩でできているのではないかと思えてくるほどなのです。私は30分もたたないうちに腕が痛くなり、ヘトヘトになって続けられなくなりました。

ここは私が今手に入れている資料を読む限り、江戸時代の干潟がそのまま残っている場所です。しかし、すぐ近くでは江戸時代から何度も埋立がされていて、その都度石垣などが作られています。もちろん古い石垣は壊されたことでしょう。その時の廃材は近くの干潟にでも捨てられたのでしょうか。それ以上に、近代になってから、家庭ゴミだけでなく、ありとあらゆる廃材の捨て場になっていたのかもしれません。保命酒の容器なども捨てられたという話は聞いています。干潟の隅には明治の年号入りの墓石まで転がっています。

ここから出る陶片には不思議な特徴がありました。中国陶磁などの特に古いものや、高級品、或いは生活必需品以外のものが大量に出てくる一方で、一つ一つの陶片が小さくて、保存状態が他の広島の海岸に比べて悪いのです。もしかしたら、ここの陶片は石で潰され、漬物のようになっているのでしょうか。

干潟の陶片は限られた時間で拾わなくてはならないため、なかなか効率の悪い実験?をする気になれません。地表に出ている陶片が気になって仕方がないのです。でも、やはり時には掘ってみることも大事だとしみじみ思いました。
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by touhen03 | 2007-02-20 00:18 |