小谷焼

昨日は三次市の広島県立歴史民俗資料館へ行ってきました。広島駅から三次までJR芸備線で2時間近く、三次駅から資料館へは土日に路線バスがほとんどないためタクシーで15分くらい、県内とはいえ、島根県の海岸へ行くよりも大変でした。
(^^ゞ 
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これが広島県立歴史民俗資料館です。県立みよし風土記の丘の中にあります。
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今回の目的はこれ、東広島市高屋町小谷で明治時代に焼かれた器の展示です。鞆の浦歴史民俗資料館でこのチラシを見つけた時は驚きました。小谷焼は明治10~30年代にかけて、型紙摺りや手描きの雑器を焼いた窯で、県内を中心に出荷していたそうです。存在だけは知っていましたが、砥部焼の影響が強く、あまり独自性がないらしくて、見分ける方法を知りませんでした。私が今まで拾った型紙摺りの印判食器の中に混じっている可能性は十分にありながら、それを見分けることができないのは切ないことでした。広島の地で焼かれた器を見分けたい。これは私の夢の一つです。その展示があるというのです。こんな地味な企画など、今回を逃せば、なかなか見ることなどできないかも・・・お電話してみると、幸い17日はこれに詳しい館長さんがおられるとのこと。私はドキドキしながら行ってみました。

展示室は私が拾ったことのあるデザインの器や陶片であふれていました。あれもある、これもある・・・でも、もちろん、模様のデザインで見分けることはできないそうです。型紙を独自に作ったわけではないからです。型紙の仕入れ先が一緒だと同じような模様になるというわけです。蛇の目釉剥ぎのある皿もあり、思わずドキッとしましたが、やはりこれも小谷の決め手にはならないそうです。やはり、そうそう簡単なものではなさそうでした。それでも中には、日本小谷、小タニの銘が入ったものもありました。日本小谷の方は輸出用などに付けられたのではないかとのことで、そんなにたくさんは見つかっていないらしい。(雑器の窯ですが、中にはいくらか高級なものも作っていて、それらは輸出されたりしたそうです)小タニ銘は、小さな四角い枠の中に書かれていて、教えてもらわなければ、とても小タニとは読めません。こちらは今まで拾ったものの中にあったような気がしましたが、帰って調べましたら、それは小タニ銘ではなく、福の字のようでした。(ーー;) ま、そうそうはねえ・・・ でも、いつかは出会う可能性があるかもしれませんので、目いっぱい海岸でアンテナを立てておこうと思います。その他、決め手にはなりそうもないですが、小谷に多いデザインを教えてもらいました。福や壽字の碗で、腰の部分に模様がなくて、線が高台部も含めて3本くらい入っているタイプ。写真は鞆の陶片で、鞆まで流通していたかどうかわからないそうですし、保存状態の良い陶片でもないのですが、下段の碗のように下まで模様がなくて、線が引いてある、こんなデザインです。もちろんこのデザイン、小谷だけのものではないし、小谷の器でも下まで模様があるものも展示してありましたが、広島、特に産地に近いあたりでこれが出たら、小谷の可能性があるそうです。これからこのタイプ、必ず拾うハメになりそうです。

館長さん、お忙しいところ、ほんとうにありがとうございました。夢中でお話を聞き、後で急いでメモをしました。他に資料をほとんど持たず、聞き間違い、私の思い込みがないか少し心配です。お聞きしたメモを頼りに、少しでも資料を探し、今度は小谷焼があるという東広島の資料館へもお邪魔して、また小谷焼きに触れたいと思っています。
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by touhen03 | 2007-03-18 09:32 | その他