31日の鞆 その2

芙蓉手の皿ではないかと思うものを拾いました。写真上段の右から2つ目の、ごく小さな破片です。他の陶片は有田の川から拾ったもので、比較のために一緒に写しました。左右に置いた破片の花と同じ部分ではと思います。芙蓉手はお皿の縁に花びら状、或いはそれを省略したような枠を作り、その中に絵を描いた皿で、17世紀半ば~18世紀前半頃、ヨーロッパなどにもたくさん輸出されました。江戸後期にも復活しますが、それは雰囲気がだいぶ違います。今回拾った破片はとても小さくて、当時のものだという確信までは持てないでいます。有名なデザインなので、近代モノもありそうですし。
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今回拾ったもののアップです。途中から皿が深くなっていて、典型的な芙蓉手皿の形もしていたようです。呉須の色、釉薬、断面も現代のものより少しザラザラとして、当時のものっぽい感じではあります。全体の大きさはわかりませんが、有田の他の芙蓉手皿の花と比べるとやや小さめなのか。うーん・・・
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裏の写真です。右端に縦の染付の線が残ります。当時の芙蓉手皿の裏は、丁寧な唐草模様もありますが、下のイラストのような簡単な模様も多く、拾った小片はこちらのタイプだったのではと想像します。たぶん、もう少し大きな破片だったら、雑な渦巻き模様があった・・・かもしれません。
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当時の芙蓉手皿と言い切るほどの自信はないので、取り上げるのもどうかとは思いましたが、鞆の干潟からは、この時代の高級品が出ていますから、高価な芙蓉手皿が出ても不思議はないわけで、そんな夢もちょっと加味して載せてみました。もしも、この干潟が無事に長く存在することができたなら、いつか華やかな17世紀の古伊万里だって出てくるに違いないと思っています。当時の鞆の商人には、それだけの財力があったに違いないからです。
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by touhen03 | 2007-04-06 08:32 |