9月24日の鞆

 24日、福山市の鞆へ行ってきました。鞆の干潟には江戸時代、木造船をフナクイムシの被害から守るための焚場遺構があります。新聞やテレビでも時々取り上げられていますが、その一部と、今私が拾っている陶片の多い東側が架橋工事に伴う埋立予定地になっています。いつまであるかわからない場所なので、最近の陶片拾いは鞆が中心になっています。

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 私はここに住んでいるわけではなく、せいぜい月に1度通ってくるよそ者に過ぎません。そんな遠慮がどうしてもあります。しかし胸の痛い思いで拾っています。陶片の一つ一つは、特に珍しいものではないかもしれません。しかし、この大量の陶片を大きな塊として捉えるなら、鞆の人達の生活の記録そのものです。この薄汚れた干潟は歴史民俗資料館なのです。ここには中世の貿易陶磁や17世紀の青磁大皿も出てきます。鞆の栄華の破片です。江戸時代の庶民の暮らしもあります。鞆の明治維新が眠っています。戦前の陶製人形の破片と一緒に、赤い端切れで縫われた小さな布団や抱きしめていたに違いないおかっぱ頭の女の子の姿が現れます。太平洋戦争にも出会います。陶片だけでなく、昔のガラス製品も出てきますが、ガラス製石蹴りやビー玉、おはじきと一緒に、昭和30年代の路地裏の子ども達も、ふと現れて消えていきます。汚く見えるこの干潟には長い時間が眠っています。この泥の世界の中では、現代は一瞬で、こんな場所を拾い歩いていると、この世は今生きている人だけのものではないのだと思えてきます。様々な記憶の詰まったこの干潟はこれからどうなるのでしょう。私の拾った陶片が、どうかこの場所の形見とならないよう願わずにはいられません。

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 今回の拾いものです。17世紀の青磁大皿らしい破片があります。18世紀~幕末頃の江戸陶片はいつものように幾つも出てきました。ままごとのお皿もあります。今回、鞆では初めて防衛食容器の蓋も出ました。戦時中の陶製の缶詰容器で、金属の代用品です。ほとんど完品に近いタイルはいつもの場所よりも幾らか焚場遺構に近いあたりで拾いました。同じようなデザインの破片が回りに幾つかあり、堆積物にしてはちょっと不自然な感じもしました。もしかしたら比較的最近、どこかの古いお家から出たものかもしれません。銅版転写の美しいタイルで、便所の壁などに使われていたのでしょう。
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by touhen03 | 2007-09-29 02:08 |