事故現場へ行ってみました

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 82年前の事故現場を、私は毎日通勤列車に乗って通っていました。安芸中野駅を出てまもなく、列車の前方に見える鉄橋が当時、特急が転覆した場所です。
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 家から歩いてせいぜい20分。しかし通勤の道からははずれているし、田んぼや畑の中のこの場所に、今まで一度も来たことがありませんでした。
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 まさかこんな場所に鉄橋があるなんて、40年以上も近くに住みながら知りませんでした。川も道路も無いのに存在する鉄橋。これは事故後に水害対策として作られたのだそうです。もしもまた・・・水害があった場合ですね、ここから水を逃がして線路を守るというわけです。そんな恐ろしい理由で作ってたなんて。幸い川の治水は昔よりずっと良くなったのでしょう、最近は何十年も畑賀川は暴れることなく今に至り、鉄橋は忘れられてしまいました。けれども私が時々陶片を拾いに行くあの可愛い小川は、地域の歴史を知ると、決して舐めてはいけない川なのでした。忘れられた橋脚のそばには、犠牲になった人達を弔い続けるかのように、真っ赤な彼岸花がポツポツ咲きはじめていました。

 戦後は何十年も畑賀川は暴れることなくと、最初書いていましたが、戦後もしばらくは水害があったようです。私も親から聞いていたのですが、戦前の話と思い込んでいました。現在、畑賀行きのバス路線となっている川沿いの道が整備された頃から、決壊はなくなったようです。私の生まれた昭和30年代半ば以降は大きな水害はなかったと思います。
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by touhen03 | 2008-09-25 01:38 | 骨董市・ガラクタ