鐵道遭難者追弔塔と絵葉書

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 運良く専念寺の住職さん(たぶん・・・m(_)m)にお会いすることができ、お寺にある資料を見せて頂くことができました。親切にコピーまでしてくださり、大変感謝しております。本堂等の修復記念に出版された本で、事故当時の新聞の抜粋、犠牲者の名前、生存者の話などが載っていて、なかでも境内にある鐵道遭難者追弔塔に関してのことが詳しく書かれていました。

 追弔塔は安芸郡選出の県会議員や中野村村長、村会議員、専念寺住職、社寺総代などが発起人となり、昭和2年に建てられていますが、その財源として、門信徒の浄財等以外に、なんと遭難当時の記念絵葉書8枚1組を20銭で売り、その利益金を当てていました!最初は10万部頒布の予定だったようですが、鉄道局の協力で3万部頒布した後は、なかなか売れず、5万部作製で打ち切り、頒布数は4万9800部だったとか。お寺の本には事故当時の写真が3枚載っていて、それは私が入手した絵葉書と同じものでした。ただし、残念ながら、それが記念絵葉書かどうかの説明はありませんでした。私の入手した絵葉書は、もしかしたら追弔塔建立のための記念絵葉書だったのかもしれません。もしそうなら、私の手元にあるのは7枚ですから、あともう1枚あるはずです。ちょっと気になります。そのうちどこかで出会うことがあるでしょうか。

追弔塔建立について、驚いたことがもう一つありました。境内に立てる追弔塔の建立許可願いを警察に出しているのはいかにもこの時代らしい気がしますが、その建碑許可申請書の中に、こんな一文がありました。「寺院佛堂ノ移轉若クハ公共ノ用ニ供スルノ必要ヲ生ジタルトキハ 行政庁ニ於テ 其碑表ヲ 棄却 又ハ移轉セラルヽモ支障ナシ」せっかく作ったのに、お上により勝手に棄却されてもよいと言っています。当時はここまでしなければ碑など建てることはできなかったのでしょうね。

 次回は犠牲になった人達についてです。
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by touhen03 | 2008-09-26 07:04 | 骨董市・ガラクタ