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雪の西国街道出迎えの松

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 この冬は広島も雪がよく降りました。この写真は12月の大雪の日、広島市安芸区にある出迎えの松の切り株を撮ったものです。ここは西国街道だった道で、江戸時代、参勤交代でお国入りする殿様を家臣がここまで出迎えたそうです。

 写真のこの松は6本残っていた老松の一つで、去年の夏に倒れてしまいました。しかしなぜか根元から切らず、私の背丈よりも高い位置まで幹が残されました。切り口には防水布が被せられています。もしかしたら、ひょっとして、新しい芽が出てくる可能性がまだあるのでしょうか。もしそうならうれしいのですけれど。

 それにしても、雪を被った幹は力強くて、存在感がありました。いづれはキノコなど生えて、朽ちてしまうのかもしれませんが記念に一枚。

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正月早々寝込みましたが、もう大丈夫です。
ご心配おかけしました。m(__)m また、ぼちぼちアップしていきます。
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by touhen03 | 2015-01-07 23:37 | その他

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 去年の秋、通勤途中で見たキノコです。クロマツの若木の周りに群生していました。手元にあるキノコの本を見てみると、イグチ科の食用茸にちょっと似ているような気がしました。チチアワタケ???なんでも松林に生えるキノコで、カサを開くまで歯ざわりがよくうまいと書いてあります。どうでしょうね?さすがにそんな不確かな状態で試しに食べてみるわけにはいきませんでしたが、毎日、たくさん生えているキノコを眺めながら、もったいない気がしていました。
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 キノコが生えていたのは、この松並木に沿って植えられた若木のまわりでした。ここは昔、西国街道だった場所で、参勤交代で江戸から帰ってくる殿様を家臣がここまで出迎えたことから、出迎えの松と呼ばれ、その当時の松が今でも残っています。
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by touhen03 | 2012-01-05 23:52 | その他

お知らせ

風邪でダウンしておりまして、旅行前の体力温存のため、記事のアップは11月の下旬になります。m(__)m
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by touhen03 | 2010-11-12 08:01 | その他

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 久しぶりの記事アップですが、今回はちょっとばかり宣伝です。佐賀県有田町の有田町歴史民俗資料館東館(有田町泉山1-4-1)で「海揚がりの肥前陶磁」-海に残された有田焼-という企画展示が10月1日から始まります。去年も浜辺の達人さんの膨大なコレクションからなる「海揚がりの有田焼」-筑前岡垣浜を中心に-という素晴らしい展示がありましたが、今回はその第2弾というわけです。日本各地の海底から引き揚げられた陶磁器、陶片がテーマです。沈没船からのものが中心のようですが、海岸で拾った生活ゴミ系陶片の展示もあり、私のコレクションも宮島陶片を中心に100点以上、友人達から頂いた鎌倉の陶片や隠岐の陶片も展示されています。また展示とは別に、今回出る図録の一つに、他の広島陶片や、これまた友人達からの頂きモノ陶片も載っているようです。

 日本中の海の底に、そして干潟や砂浜に膨大な量の陶片が眠っています。日本列島には陶片がぎっしり詰まっている。私はそんなイメージを抱いていますから、この企画を聞いたとき、胸が熱くなりました。今までこのテーマの展示はあまりなかったのではないかと思います。

 展示は11月30日まで2ケ月間です。上有田駅からなら徒歩15分らしいです。私はこれまで有田駅から行っておりましたが、その場合、コミュニティバスを利用する方法もありますが、回数も限られており、毎回タクシーを利用していました。確か・・・タクシーで10分くらいだったような。やや不便な場所ではありますが、もし機会があれば、ぜひ見てくださいね。開館時間はAM9:00~PM4:30、会期中は無休だそうです。入場無料。
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by touhen03 | 2010-09-27 08:01 | その他

爆心地の町並復元

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 今回はDVDブックの紹介です。今は緑の美しい平和公園となっている原爆ドーム周辺は、かつて賑やかな街でした。「ぼくの家はここにあった」(田邊雅章著、朝日新聞出版)附属のCDでは、原爆によって消え去った町並みの再現CGを見ることができます。1998~2006年にかけて作られたものです。

 産業奨励館と呼ばれた原爆ドームのかつての内部の様子を知ることができますし、町並みは、看板や当時の舗装道路の質感、生活の音まで再現しています。家の内部にも入り込んで、昔の台所や茶の間、中庭の様子、お店の中の様子、細かい部分まで驚くほど丁寧でリアルです。爆心地の復元というテーマを離れて、古い町並みとして見ても見ごたえがあるほどですが、それは失われたふるさとを記録し、後世に伝えるための努力の結晶です。再現した民家の窓から見える産業奨励館、古い絵葉書や写真に残っていない反対側から見た産業奨励館は、生き残った人達の記憶がたよりだったそうです。この再現CGには、ナチス・ドイツによって破壊されたポーランド、ワルシャワの町が、戦後レンガのヒビにいたるまで復元されたのと同じような執念を感じました。一度は見る価値のあるものだと思います。本の方は爆心地にあった著者の家の思い出やCGを作るまでの過程が丁寧に書かれています。

この記事は9日の長崎原爆の日にアップするつもりでしたが、体調を崩して、少し遅れてしまいました。
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by touhen03 | 2010-08-11 23:15 | その他

謹賀新年

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 2010年おめでとうございます。2009年は私にとって本当に忙しい年で、しばらくブログを休みましたが、おかげで拾った陶片の整理をしたり、買ったままになっていた陶片関係の本を読んだりでき、また違った目で陶片を楽しめそうです。今年は無理の無いペースで少しずつやっていこうと思います。これからも長い目でよろしくお願いいたします。

写真は寅年にちなみ、トラ柄の陶片というわけです。型紙摺りで、何かの容器の破片のようです。
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by touhen03 | 2009-12-31 19:41 | その他

彼岸花の絵本

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 昨日本屋さんで彼岸花の絵本を見つけました。と言っても1977年に「かがくのとも」(福音館書店)のシリーズとして出たずいぶん昔の本です。作者は甲斐信枝。この方の絵本は絵も文章も実に美しくて、私は何冊か持っていますし、去年から彼岸花を通勤途中に撮り続けてきましたので、さっそく買ってみました。花が終わって、やがてフサフサした細長い葉が茂るところ、再び花芽が出てくるところ、実際にこの目で見てきたので、うんうん、そうなんだよね・・・と楽しかったです。おまけに、地面の下の様子まで丁寧に描かれています。へえ~と思ったのは、彼岸花って、花の終わった後、茎に残った養分を球根に吸い取ってしまうんですって。彼岸花ってすごいです。

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 去年、彼岸花の蕾を見かけて写真に撮ってから丸一年になります。野に咲く身近な花の中で、こんなに目立つ花をつける植物はあまりないです。それなのに花の季節以外は忘れられてしまいます。見てやるぞと、その気になって観察すると、花の後、半年以上もフサフサとした葉を茂らせ、そのあたりの地面をほぼ独占しているのにもかかわらず、私はそれまで何十年も葉を見たことがなかった。堂々と地上に存在しながら、華やかな花の季節以外は見えないのです。まるで忍者のような植物です。たくさんの人を魅了してやまない彼岸花、ちょっとネットを検索しただけでも、詳しいサイトが幾らでも出てきました。もちろん、私がこの一年で見たことくらい、どこでも載っています。でも楽しかったです。

良かったら覗いてみてください。通勤途中で撮った彼岸花の一年間です。→「彼岸花の一年


次回は似島での陶片拾いです。
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by touhen03 | 2009-09-17 23:12 | その他

広島・原爆の日

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 崩れ落ちた煉瓦の壁。旧広島県産業奨励館の内部です。現在立ち入ることはできませんが、デジカメのズーム機能を使うとけっこう細部まで撮れました。
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 戦前の産業奨励館は大正15年に建てられた、とてもお洒落な建物だったようです。原爆ドームと呼ばれるようになった今でも、よく見ると美しい装飾が、あちこちに残っています。

 今年も8月6日がやってきました。広島に原爆が落とされた日です。当時、広島市の周辺部、矢野町に住んでいた母は小学生で、校庭で朝礼中でした。大地が一瞬白く透けて見え、町内の自宅近くに爆弾が落ちたと思ったそうです。祖母は同じ町内の海岸で塩作りをしていました。すぐ近くに敵機が来たと思い、曾祖母と手を取り合って夢中で逃げたそうです。そのうち広島市内と隣接した安芸郡府中町の東洋工業(現在のマツダ株式会社)に爆弾が落ちたという噂が流れ、それなら親戚を助けに行かなければという話をしているうちに、東洋工業ではない、広島市内は火の海だという情報が入り、被爆した人達が次々と運ばれて来るようになり、祖母は看護にかり出されたといいます。

 あの日、8月6日の午前中数時間の経緯を私は繰り返し聞いて育ちました。バスに乗れば、「もうこのあたりだと、大部分の人が死んだ」とか、あの日のことを祖母から聞いたものです。爆心地へ向かうバスの中で聞くと印象が強くて、私は子供の頃ずっと、市内へ向かうバスに乗るたび、生きて帰れない範囲に入ったなと頭の隅で思いましたし、帰りは府中町を通過する頃から微かにホッとする妙な感覚を持っていました。身近な被爆体験、あるいはその周辺の体験はざらにありましたし、学校では昼休みに原爆の体験記が校内放送されていました。昭和40~50年代、広島では原爆が昨日のことのように存在していました。
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by touhen03 | 2009-08-05 23:12 | その他

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 今回の日食、はるか以前から楽しみにしていた方達も多かったことでしょうが、私は日食グラスが間に合わなかったほどの俄かファンでした。私が突然休みまで取ってしまった理由は寮美千子さんの「夢見る水の王国」と絵本「黒い太陽のおはなし」を読んだためでした。美しい文章で三日月の木漏れ日が出てくるのです。実は部分日食の日の木漏れ日が三日月形になることを、私はそれまで不覚にも知らなかったのです。

 天空で欠けていく太陽に今ひとつ反応の鈍かった私ですが、三日月の木漏れ日は怖いほど心のツボにはまってしまいました。日食グラス越しに見る太陽よりも、日常の風景である影が突然姿を変える方が私はすごいと思う。緑豊かな公園の真ん中にいて、溢れるほどの三日月の木漏れ日の中にいる私を想像してしまいました。欅の木漏れ日、プラタナスの木漏れ日、桜の木漏れ日、松の枝ではどうだろう。世界は大小さまざまな三日月の光でいっぱいになる。私のTシャツの上にも、友人手製の布製バックの上にも三日月の光が遊ぶ。そうだ平和公園へ行ってみよう。原爆ドームのそばの大きなクスノキはどんな三日月を懐に抱いているだろうか。ドームの廃墟に三日月の影が射す。崩れた煉瓦の壁に残った窓から射す光も三日月の形・・・これはさすがに無理だろうと頭の隅では思いながら、それでも22日、ふらふらと原爆ドームの前まで来たのは、怪しげな妄想が私の脳ミソに菌糸を伸ばし、乗っ取られていたに違いない気がする。

 22日の朝、私はすっかり出来上がってしまっていた。しかし・・・現実の影はあっけないほど弱々しかった。小さな三日月の光を見つけるのでさえ苦労してしまった。ちょっと気の抜けたような、当たり前のような、私大丈夫かな・・・という感じで空を見上げたら、当たり前のクスノキがなんだか美しかったので写真に撮った。その中の一枚が偶然色を失っていた。ひょっとして日食からのプレゼントだろうかと思うのは、まだ脳ミソのどこかに怪しい菌糸が残っているのかもしれない。夏が終わる頃、キノコが生えてこなければいいんだけど。
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by touhen03 | 2009-07-24 22:30 | その他

部分日食

 今日22日は私も休みを取って、部分日食を楽しみました。そんなわけで、田尻町海岸の陶片話の途中ですが、今回は日食ネタです。
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 家の近くだっていいようなもんですが、三日月の木漏れ日を楽しみたかったので、木陰の多い平和公園へ。しかし、あいにく薄曇りで、どうしてもくっきりとした影になりません。ひたすら太陽が雲から出てくるのを待ちます。
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 日食グラスが売り切れで手に入らなかったため、ポテトチップスの容器にアルミ箔とスーパーのビニールで手作りした道具を使いました。それでも少しだけ欠けた状態の太陽が、ちゃんと映ってくれました。この頃が一番太陽がよく照っていたかも。
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 しばらくすると雲が厚くなり、手製の道具に映らなくなるほど光が弱くなってきました。でも・・・そのおかげで、薄雲をまとった三日月形の太陽をほんの少しの間、肉眼で見ることができました。本来は直接見ては危ないそうですが、少しもまぶしくないのです。神秘的な美しい姿でした。
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 三日月形の木漏れ日がどうしても見たくて、途中から広島美術館へと移動しました。美術館の壁によく木漏れ日が映っていたし、木の密度が高い気がしたのです。しかし、日食のピークの頃から空は今にも泣きそうなほど雲ってきて、くっきりとした影にはついになりませんでした。写真は11時30分頃、やっと写した木漏れ日ですが・・・心なしか、いつもより三日月っぽい???
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by touhen03 | 2009-07-22 22:20 | その他