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虫さん

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 庭のサツキ(ツツジ?)にいたカミキリムシ君。この写真、実は去年撮ったものです。記事にしようと思いながら、そのままお蔵入りしていました。私はこの虫がわりと好きです。と言っても触ることまではできませんでしたけど。なぜ好きかというと、足です。足が黒でなく、体のデザインに合わせて色がついています。体の表面はきれいでも、足が真っ黒でゴキブリっぽいと、着ぐるみの中にゴキブリが入っているのではないかと思ってしまいます。触覚が長くて、ほんとうにカミキリムシであることを証明しているのも嬉しいです。また蟹を連想させるほど、体の割りにがっしりとした足で、ベタッとした感じでないのも好ましいです。服のセンスも良いと思います。やはり黄色と黒のだんだら縞なんて生では近づけません。もちろん喪服を着て出てくる連中は問題外です。これなら食器のデザインになっていても大丈夫です。

この写真を自慢げに母親に見せましたら、「もう、なんで取ってくれないの。せめて教えてよ。庭の木ダメになるじゃない!」と言われちゃいました。確かに・・・ははは

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 こちらは春、骨董市の開かれていた河川敷の草の上にいたキタテハです。ピンボケ写真なので、これ以上大きくできません。死んでるのかと思いましたが、じっとよく見るとまだ動いていました。弱っていたようです。蝶は子供の頃は平気で捕まえて触っていました。ある時、アゲハチョウを捕まえて、飼ってみようと思いつき、虫かごに入れたまま忘れてしまいました。気が付いた時には、もちろん死んでました。こんな時、普通は「蝶々さんのお墓」でも作るのでしょうか。私は恐怖が先に立ち、当時はまだ暗渠になっていなかった家のそばの溝に捨ててしまいました。(悪い子だ!)まだゴキブリ恐怖症になっていなかった頃、虫をグロテスクと感じた一番古い記憶です。

 私はゴキブリ恐怖症です。一度ゴキブリを素足で踏んだことがありました。また、若い頃職場で、雑巾の中にいたのを知らずに、ゴキブリごと絞ったことがありました。うわあああ・・・はあはあ。たぶんこの二つがトラウマになっているらしく、はじめはゴキブリだけダメだったのが、いつのまにか黒い虫などゴキブリに少しでも似たものがダメになり、ついには大部分の虫と、ゴキブリを連想させるモノにまで広がってしまいました。ゴキブリ恐怖症はやや進行性の傾向があります。私の脳ミソがコンピュータなら、この部分を初期化したい気がします。

 子供の頃に遊んだ蝶、トンボ、アリ、テントウムシ、一部のバッタは今でもゴキブリ恐怖症の影響はあまり受けていないらしく、突然、私の体と触れても瞬間的なパニックは起きません。ただしトンボの中でもハグロトンボだけはダメです。あの黒い姿がゴキブリを連想させるようです。蝶は、今では自分からは触れなくなっていますね。蛾の方はひどいゴキブリ系反応が起きます。あの太い腹はやはり違う生物です。体の細い蛾もいますが、あれも細い体が毒々しい場合が多いです。そういえば蝶だって、正確に言えば、アゲハチョウ、モンシロチョウ、ベニシジミの類といった、子供の頃遊んだ素性?のわかったもののみ大丈夫なのかも。テントウムシは生きていれば平気なのですが、死んだり、死んだふりで真っ黒い足を縮めたモノにはゴキブリ系の反応が少し起きてしまいます。真っ黒いアリが今でも平気なのは不思議です。小さいし、あまりにたくさんいますから、日常的な細菌のような感じで、感覚的に共存しているのでしょう。

 感覚的共存といえば、家の中に入ってくる、巣を作らない小さなクモがいます。好きではありませんが、今のところ、ほぼ無視できます。これにゴキブリ系反応が起きると面倒なので、念のため、「これはカニだ、干潟にゾロゾロいる灰色のカニだ」と言い聞かせています。バッタは、緑色の小さいのは今でも触れます。殿様バッタは最近見ませんけど、触られてもたぶん大丈夫。ただし自分からは触れないでしょう。以前見つけた小さいカマキリが案外平気だったのは、これも子どもの頃触っていたせいかも。私はセミ取りをして遊ばなかったせいか、セミは生きているのも、死んでいるのにも、激しいゴキブリ系反応が起きます。ただし、セミの抜け殻は平気です。そういえばこちらは昔大好きで、見つけたら目を丸くして駆け寄っていましたっけ。

 不思議なことに、子供の頃よく遊んだ虫は今でもゴキブリ系反応が起きにくい傾向があります。もっと不思議なのは、ゴキブリを除くほとんどの虫は、写真や映像で見るのは大好きだということです。NHKの自然科学番組の虫モノは特に好きで、何年か前録画したゴマダラシジミの話なんて、寝る前に楽しむおやすみ用ビデオの一つです。アリの巣に入り込んで、アリの幼虫を食べて育つ話なんですけどね。本屋でも虫モノの棚は、案外私が覗いてしまう場所なんです。ゴキブリだけはイラストでさえダメなんですけどね。いや~、こうやって書いてみると、しみじみ変です。
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by touhen03 | 2008-07-03 09:21 | その他

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 白い花はたぶんトベラでしょうか?花陰に涼しげな音を立てていた流れがありました。別に山の中の湧き水などではありません。畑のそばの水路です。こんな小さな流れが、畑や田んぼのそばにも、町の中にさえ、たくさんありました。砥部町は暗渠が少ないのです。思い出しました。私の家の前にもかつては小さな流れがありましたっけ。40年前、そこにはゲンジボタルがいました。近所の田んぼと田んぼの間にも小さな水路があって、そこにはメダカがいました。メダカは当時の私が自力で捕ることのできた唯一の魚でした。今ではそのほとんどが暗渠となってしまいました。砥部は、ボソボソした感じの水分の少なそうな土でできた段々畑の多い町でしたが、その周りは今でも小さな水路だらけでした。
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 確か松山南高校砥部分校の裏を流れていた小川です。コンクリで固められて、下りる場所もない狭い水路ですが、かつて人間の住む場所には、こんな川と溝の中間みたいな水路、小さな用水路、溝の類が豊かに取り巻いていて、両生類とまではいかなくても、人間だって、水のそばから離れずに暮らしていたのですね。溝掃除大変ですけどね・・・
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by touhen03 | 2008-06-28 00:52 | その他

砥部町・窯業産地旅情

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 ある民家のガレージと庭の間に碍子がこんなふうに使われていました。こんなの見ると、ああ窯業の町に来たんだなと思います。
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 これはたぶん、石膏型でしょうか?産業用の土管みたいなもの作っているのかしら?壷のような形をしたものも見えます。町中にこんな倉庫&仕事場?が幾つもありました。
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 もちろん、こんな美しい陶壁画もあります。町並み散策なら、普通はこんなのを見て歩きます。これはJA砥部の陶壁画。農協の壁にっていうのが良いですね。
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 街角のアサガオ・・・じゃなくてホオズキの中に映る怪しい影。壷形の赤い実のぼんやりした世界をよく見ようと、あまり身を乗り出して見つめていると吸い込まれて養分にされてしまうとか。最初は掌に乗るほど小さなモノだったそうです。磁器のようなすべすべした肌は、さすが焼き物の里らしい妖怪です。(これは、この壷のように真っ赤な嘘です、砥部の皆さん、作者の方すみません。これから砥部へ旅行する方、安心して見てくださいね~)砥部の町には小さなモニュメントがたくさんあります。

そうそう、砥部の町を歩くと、チリンチリンと涼しい音がします。お店の軒先に吊るされた陶製の風鈴の音です。野菜の無人市なんてのもありましたよ。
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by touhen03 | 2008-06-27 00:25 | その他

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 陶芸創作館は小さな砥部焼体験施設です。ここには楽しい陶板がたくさんありました。
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 ちょっと雑然としていますが、私はこれくらいが好きです。生活のニオイがしないほどきれいにすると、小さなテーマパークと化して、かえっていかがわしいニオイがしてきます。
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 1枚1枚、それぞれの作者が思いを込めて作ったに違いないです。 町内の陶工さん達の作った大きな陶板もたくさんあって、普通はそちらの写真を出すのでしょうけど、なぜか撮っていませんでした。美しかったのですけど・・・
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by touhen03 | 2008-06-26 09:08 | その他

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 こちらは砥部町陶芸創作館の小さなモニュメント。ここにも回りに陶片がありました。
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 幕末頃の、窯で溶着した陶片ですね。落ち葉がまた良い雰囲気を出していますでしょう。こんな陶片をすぐそばで見ることができるなんて、素晴らしいです。
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 でもね・・・みんな、イタズラしちゃダメです。割れた茶碗なんかと思ったのでしょうか。大切なモノなんですから、大事にしましょうよ。
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 陶芸創作館の人達も諦めちゃダメです。(^^ゞ これ思いつきはとても素敵だと思います。低い場所にあるので、小さな子供でも楽に触れます。小さいときから、古い時代の陶磁器に触れることができるって羨ましいです。陶片の数が多くないのは、じーっと丁寧に眺めたりするのには目移りしなくて良いかもしれません。陶壁タイプよりも立体的に見えますので、自然と触りたくなりますね。その結果、イタズラもされやすいのかな。陶片の時代について書かれた陶板が埋め込んであるのですが、窯での失敗作、溶着陶片の面白さについても説明した方が良いかも。植え込みになっていますが、この部分も陶磁器のモニュメントで統一した方が、興味のない人にも大事なものなのだと解かりやすかったのではと思います。割れた陶磁器は一般的にはゴミだと思われていますから、イタズラを誘いやすいのでしょう。雰囲気作りが大切なのかもしれないです。素晴らしいものだけに、あまりにもったいない。なんとか頑張ってください。フレー、フレー、砥部町陶芸創作館!
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by touhen03 | 2008-06-26 08:39 | その他

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 陶板の道(全長500メートルだそうです)には砥部焼の陶板がたくさん敷かれています。その中で、私が一番気に入ったのがこれっ!陶片が、陶片が描かれているぅ~!たくさん、たくさんある陶板の中の1枚です。砥部に来たことのある全国の皆様、これ、これ見ました?来たら見なくちゃダメですよ~必ず探しましょう!
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 一番気に入った陶板なんて書きましたけど、実は他にも素敵な陶板が幾らでもありました。陶器の模様のアップなんて、さりげなく足元にあったらたまりません。お皿の絵も良いですねえ。
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 左側のも陶磁器の絵に多いですよね。この手の海浜模様の皿は私の好きなものの一つです。右側は、これまた陶片です。あまり古そうな徳利でないのが、かえって魅力です。陶片バンザイ!

 ここは砥部旅行の最終日、最後の1時間を利用して訪れました。もっとゆっくり眺めて、写真にも撮りたかったです。砥部焼伝統産業会館で買った「陶街道五十三次 しらべ帖」(500円)は砥部町内を歩くのにとても役立ったのですが、それによりますと、なんでも町内の陶工さん達が思い思いに絵付けしたそうです。1枚1枚違う絵が描かれているんですよ。
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by touhen03 | 2008-06-26 07:49 | その他

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 これも陶板の道にあります。砥部川のそばにあった、あの松山南高校砥部分校デザイン科の生徒さん達の作品だそうです。楽しいこの壁画の材料はもちろん・・・
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 陶片です!この壁画は陶片でできているんです。陶片狂、興奮!周りに誰もいなくてよかったですねえ~
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by touhen03 | 2008-06-26 07:17 | その他

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 あるんですわ、陶片が町の中に。砥部町の散策は陶片好き、陶磁器好きにはたまりませんです。ここは陶板の道と呼ばれている遊歩道ですが、砥部町へ来たら、ここはぜひ歩いてみてください。
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 おお、まるで陶片が今にもこぼれそうに・・・ごくっ!
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by touhen03 | 2008-06-26 07:04 | その他

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 砥部の町を歩くと、陶磁器の作品やモニュメントをたくさん見ることができます。その中には陶片を使ったものもありました。これは陶祖ケ丘にある陶壁です。
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 くらわんか的な飯茶碗や小皿たち。ここでずっと眺めていても飽きないと思います。
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 明治時代の手描きの器たちです。
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 下の方には窯道具が埋め込んであります。
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by touhen03 | 2008-06-25 01:01 | その他

砥部焼について

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 砥部焼といえば、おおらかで豊かな唐草模様など、手描きの染付を思い浮かべますので、このブログの、戦前の量産食器を追ったシリーズは少し異色かもしれません。しかし地味に思える歴史が、今の砥部焼の良さ、料理を美味しそうに見せてくれる食器、生活を楽しく豊かにする器作りを支えているような気がしました。

 近世や近代の日常食器について、本などで得る知識はどうしても、肥前地域や瀬戸、美濃地域中心でしたし、私がまず出かけたのも有田や瀬戸や多治見でした。市場の競争原理からも、近代の産地間には極端な技術の差は無いだろうという思い込みもあったような気がします。ところが戦前の砥部焼のように、海外輸出という別の土俵もあったのですね。これは驚きでした。

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 何をするにも、まずご飯を食べてから。どんな家でも、お茶碗と小皿だけは無くてはすまない。それほど生活に欠かせないモノでありながら、日常の食器は忘れられる存在です。割れたらポイと捨てられて、最後にたどり着くのが川や海岸でした。きっと東南アジアの川や海岸、マングローブの茂みやヤシの木陰にも、かつての伊予ボールの破片が静かに眠っているかもしれません。戦前、砥部で作られた粗製の量産食器は、この地球上の広い範囲に旅をしていたのです。地理的に近い広島には、そんな砥部の器が来ていました。

 その目で見てみると、私のコレクションには、砥部の発掘陶片や砥部川で拾ったものとそっくりな陶片が思った以上に混じっているようです。その中には、よく似た他産地のモノもあるかもしれません。広島では、砥部から職人を迎えて始まった小谷焼と言う小さな窯が明治30年代まで操業していましたので、その製品も混じっているはずです。ただ広島城の堀跡の発掘調査で出た幕末の器の一部が成分分析の結果、砥部焼の可能性が高いと判明しているそうです。幕末以降の広島の日常食器は、肥前や瀬戸、美濃地域の他に、砥部からの流入という大きな要素があったのではと思います。

 わすか3泊4日の旅行の報告です。これから、なんとか手に入れて読みたいと思っている資料もあります。頭の中も、コレクションも、もう少し整理してから、陶片窟の一部を書き直し、砥部焼についてのコーナーも作りたいと思っています。

 写真は1枚目が陶祖ケ丘、2枚目が砥部町陶芸創作館の、窯から出てきた古い陶片を使ったモニュメントの一部です。次回から、砥部の町で見つけた、陶製モニュメントや古い神社など、面白かったものを取り上げて、砥部シリーズをいったん終わろうと思います。
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by touhen03 | 2008-06-24 08:46 | その他