カテゴリ:骨董市・ガラクタ( 209 )

戦前の缶詰の広告ハガキ

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 缶詰問屋が出した、広告ハガキです。牛肉ビックリ煮だそうです。味は・・・すき焼き缶詰と書かれていますから、その手の味なんでしょう。出張日や出張員の名前を書く欄があったり、前回に倍しご注文などとありますから、小売店向けに出されたものでしょう。

 侍?のイラストがなんともおもしろいですね。廣島川上古市町とあります。古市は現在の広島市安佐南区にある地名ですが、川上とは・・・ネットで検索してもこれは判りませんでした。古市は広島市中心部を流れる太田川の上流ですから、それで川上かしら?物流の運搬に川は使われていたでしょうから、今より目印になったのかな。

戦前の広島県は缶詰業が盛んだったようです。なかでも牛肉の缶詰は全国生産で、かなりのシェアを占めていたらしい。軍の施設が多かったので、日清、日露、シベリア出兵、日中戦争開戦時と需要は伸びたようです。

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 消印はちょっとわかりにくいのですが、2年?それとも8年?田沢切手というタイプですので、少なくとも大正2年以降ということでしょう。
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by touhen03 | 2015-06-20 06:31 | 骨董市・ガラクタ

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 戦前の「主婦の友」(当時は「主婦之友」)定期購読継続への案内ハガキです。「主婦之友」は1917年(大正6年)2月創刊だそうです。ハガキの宛名面の通信欄が1/2になるのは大正7年3月頃らしいので(4月と書いてあるものもありましたけど、細かく調べてませんm(__)m 要するにだいたいこの頃)、これは創刊からまだ一年もたっていない大正7年1月と思われます。絵の作者は藤原英比古。「主婦之友」に「とん子と勝坊」という漫画を描いていたようです。

 現在岩国市となっている小さな村で「主婦之友」を楽しんでいた人がいたのですね。
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by touhen03 | 2015-06-17 22:30 | 骨董市・ガラクタ

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 こちらも箱入りですが、ラベルは無し。前の武者人形は人形の出っ張った部分の色が箱に付いていて、確かに元からの箱のようでしたが、こちらのはひょっとして中身が入れ替わっていても判らないです。しかし、身に着けている小道具はなかなかおもしろい。正面から見えるのは双眼鏡と軍刀。

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 襟は立襟ではなく、折襟と言うのでしょうか、昭和の軍服にあるようなタイプに見えます。

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 背負っているのは飯盒でしょうか。腰の下げているのは何でしょう。ミリタリーショップのサイトで見た弾薬入れに似ているような気がしますが、私にはよく判りません。

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 この丸いものは水筒でしょうね。外側に吊り下げるための帯があります。縦に茶色く塗ってあるのも帯なら、刻印の部分とずれたのかしら。確か士官用の水筒は全体にカバーが掛かっていたのではないかと思うので(たぶん)、それなら、この立派な髭の兵隊さんは士官ではなく、一般の兵隊なのかな。 軍装の知識に欠けますので、かなり適当な説明です。

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 この陶製人形にも刻印がありますが、数字は入っていません。統制番号ではなさそうです。

※ この人形は、「双眼鏡を持った将校」であることが判明しました。このデザインで何種類も出ているようです。当時、繰り返し作られた定番人形のようです。昭ちゃんさん、そして、tukitodoranekoさん、ありがとうございました。


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by touhen03 | 2015-06-12 22:39 | 骨董市・ガラクタ

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 先月の瀬野川フリマで手に入れた陶製の人形です。箱入りで1000円でした。海岸では色落ちした白い状態で出てきますが、元はこんな派手な色をしていることが多いようです。箱入りで手に入りました。博多御人形とありますね。これ博多人形なんですかね。いや、博多の御人形ってことかしら。^m^

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 後姿です。実はこれにおもしろい発見が。

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 〇に昌の文字と、147という数字が刻印されています。おおっ、これは統制番号か???これを見て即座に購入を決めたのです。 しかし・・・箱のラベルにも〇に昌の字がありますね。商標かしら。でも、それならその後の147は何でしょう。richouken04さんのブログにも「昌」の頭文字はたぶん無かったように思うのですが、これはいったい何でしょうか。
 
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by touhen03 | 2015-06-05 22:21 | 骨董市・ガラクタ

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 呉海軍工廠の職工共済会が出した絵葉書です。買った時、ハガキの保存状態をあまり気にしない私が一瞬考え込むほどボロボロでした。しっかりした紙質の古絵葉書はどうも紙を3枚くらい押し固めて?作っているらしく、ときどきそれが表と裏、そして芯、3枚に分かれてしまっているケースがあります。私はそれを勝手に3枚におろした葉書と呼んでいますが、このハガキはまさにそれ。おまけに微かに湿ってふにゃふにゃしてました。しっかり乾かしてから、私が糊付して押し花でも作るように重しを乗せ、資料として扱いやすいように修復したものです。裏のシミもひどいですけど、これは仕方ありません。念のためアイロンを当てて消毒?もしてみました。

 ハガキに載っている軍艦「せっつ」について調べてみましたら、旧摂津は幕末にアメリカから買い入れたもので、南北戦争に使われたものだそうです。新摂津の方は呉海軍工廠で作られていて、1911年(明治44年)進水、1912年7月1日竣工だそうで、明治天皇崩御の直前です。ちなみに船は外側が出来たら進水し、細かい部分を作って完成、それが竣工らしいです。だから進水の方が先なんです。そして船の記念絵葉書には進水記念ってのが多いです。この段階で絵葉書作っちゃうことも多いらしい。これが進水記念なら明治末年の葉書ってことになります。でも進水記念とは書いてありませんし、大正時代になって作ったのかも。しかし大正前半にしては切手を貼るあたりのデザインがシンプルです。ま、時代はだいたい明治末年~大正初頭くらいということで。

軍艦の背景は広島城と宇品港を組み合わせたものか。広島は埋立てによってどんどん海岸線が移動していますし、明治時代は宇品築港で地形が激変してますからね。一瞬とまどいましたよ。
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by touhen03 | 2015-04-08 07:30 | 骨董市・ガラクタ

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 さて、これは何でしょう。戦前の絵葉書の部分を拡大しました。

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 戦前の広島県世羅郡世羅町の中学校運動会を写した葉書です。手榴弾投擲なんて競技があったのですね。実際には何を投げていたのでしょう。ボール?ひょっとして模擬手榴弾?宛名面から見て、時代は大正後半~昭和初期と思われますが、こんな競技があるところをみると昭和も10年代に近いのかな?

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 こちらは同じシリーズと思われる体操の場面です。
昔は学校の運動会や新校舎の落成などを絵葉書にすることは多かったようで、安い古葉書を物色すると、よく見つかります。
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by touhen03 | 2015-04-04 22:23 | 骨董市・ガラクタ

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 偶然手にした「工藝選書」5冊。読んでいると時代を忘れてしまいます。出版物には本来、時代のもつ癖があります。しかしこれは不思議なくらい、戦時下出版物の持つ癖がありません。私は柳宗悦の書いたものをまとまった形で読んだことはなかったのですが、実は抜粋なら、引用文としてなら、目にしていた気もします。なるほどと思いました。戦後の出版物の中に混じって違和感がないのです。

 もちろんそれは逆で、戦後の感性のある部分がこの人に寄っているということでしょうね。「銀花」という雑誌があります。私はこの手のものが好きで、ついつい買って読んでしまいます。柳宗悦をろくに知らないくせに、なんだか以前からなじんでいるような。今回、昭和17~18年の出版物と一緒に目にして、それを自覚したということなんでしょうねえ。わはは

 戦時下の出版物を読んでいると小さな謎が生まれます。昭和20年の8月15日を境に、戦前の世界はどう繋がっていったのかということ。もちろん、占領政策、GHQの存在があって、焼野原とたくさんの人の死があって、アメリカの豊かさに憧れて、そして戦前からの小さな澄んだ流れを多くの人が見つけたということかな。どうしよう、この文章。後で削除したくなりそうな気もするのだけれど。ここまで書いたし、まあ、仕方がないか。

たまたま手に入った「工藝選書」、戦時下の印刷物として、とにかく異常なんですよ。この一言に尽きますね。
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by touhen03 | 2015-01-27 00:00 | 骨董市・ガラクタ

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 これは「諸國の土瓶」に載っていた目録です。これによりますと、私が手に入れた5冊の前に、「藍絵の猪口」というのが出ていたようです。これも陶磁器ですもんね、それも染付!とっても気になります。

 気になるのは「諸國の土瓶」の後に「近刊」となっているもの。現在の日本民芸協会に問い合わせてみました。するとやはり、この2巻は実際には出版されなかったそうです。昭和19年、いくらなんでも無理だったのでしょうね。

 目録では「木喰上人の彫刻」「諸國の土瓶」の順で出版されたことになっていますが、実際の発行日は「諸國の土瓶」の方が10日早いのです。不思議に思いましたが、実はこの2巻、同時進行で準備が進められていたらしく、表紙や紙の納品の関係で出版が前後したのではとのことでした。1000部限定、手作りならではの手間と、もしかしたら戦時下の辛い出版事情も絡んでいるのかなと想像してしまいます。

 現在の日本民芸協会にも、この「工藝選書」6巻のうち、「諸國の土瓶」しか手元にないそうです。大切に保存しなければと思いました。
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by touhen03 | 2015-01-26 22:03 | 骨董市・ガラクタ

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 「工藝選書」の発行には、いろいろな人が関わっているようです。例えば「日田の皿山」「津軽のこぎん」「諸國の土瓶」は三代澤 本壽(みよさわ もとじゅ)の型染、或は染紙だそうです。日本民芸協会の「工藝」の表紙を制作した人で、戦後も皇居や秩父宮家の屏風など、たくさん美しい作品を作っています。そういえば、私名前は知らなかったのですけど、(^^ゞ 作品は見たことありますよ。生誕101年記念展の三代澤本壽グッズのトランプ欲しい~!ま、それはともかく・・・ この本、知れば知るほどすごいです。

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 裏表紙を並べてアップにしてみました。左端の「雪國の蓑」は後記に「表紙は鈴木繁男君の厚誼により、靜岡紺榮、岡部紺屋の協力に成る」とあります。鈴木繁男という人も、柳宗悦と関係の非常に深かった人のようです。左から二つ目から「日田の皿山」「津軽のこぎん」「木喰上人の彫刻」「諸國の土瓶」です。「木喰上人の彫刻」だけは表紙についての記述がありませんが、やはり美しいです。

後記を読むと、用紙や製版についての感謝の言葉があり、出版の苦労が感じられます。
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by touhen03 | 2015-01-25 21:00 | 骨董市・ガラクタ

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 写真は昭和17年末に発行された「日田の皿山」のカラーページです。これは大分県日田市の小鹿田焼についての本です。陶磁器について知りたいときには、私はできれば新しい本を探します。近年の発掘調査の結果が反映されているからです。しかし、これは当時の考古学ではなく、昭和6年時点での小鹿田焼の現状を調査したものでした。どんな種類の焼き物が、どんな方法で作られ、そして販路はどのあたりまでかまで詳しく書いてありました。小鹿田焼は、砥部焼と同じように、この時期になっても、蛇の目釉剥ぎをし、目跡の残る窯詰方法で焼いていたそうです。昭和の雑器の記録なんですね。

 私は柳宗悦について知らなさすぎたようです。何かの本の中に引用された文章として読んだことはあっても、まとまって読んだことがありませんでした。(>_<) 私の知識は海岸の陶片から始まって、そのつどそれに関係したものを探して読む。何が抜け落ちているか分かったもんじゃありません。ちょっと慌ててます。「日田の皿山」、そして「諸國の土瓶」も濃い内容でした。広島の陶片と縁の切れない砥部にも、昭和28年、柳宗悦はじめ、民芸協会のそうそうたるメンバーが来て、その後の砥部焼に大きな影響を与えたのは知ってましたけど、そろそろ私の蒐集対象からはずれる年代なんですよね。
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by touhen03 | 2015-01-25 14:57 | 骨董市・ガラクタ