カテゴリ:県内の海岸と川( 69 )

糸魚川駅前は青空博物館

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 さて翌日、糸魚川駅で友人のEさんと合流。駅前には翡翠の女神様とも言うべき奴奈川姫の像。怪しい腕はEさんが女神様からエネルギーを奪い取ってる・・・じゃなくて、頂いているところです。

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 遠い昔の豪族たちの歴史の反映なのでしょうね。さあ、私は美しい石の生まれる越の国に入ったのです。

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 駅前のこの石、後でフォッサマグナミュージアムや、駅の中や、お店の展示でも、たくさん見ました。たぶんヒスイだと思います。うわぁ~、こんなデカイの海岸で見つけても持って帰れないぞ。いやいや・・・ 思わず撫で回しました。ここから海岸までの道路沿いに、糸魚川でよく見かける石がずら~と展示してあり、女神様のそばのヒスイ以外は説明板まであります。海岸で同じタイプの石と出会いましたからね、ちょっとした青空博物館。これは歩く前に見ておくと楽しいかも。急いでいたせいで写真が無いのに気がつきました。(>_<)
それにしても、2006年に一人で糸魚川を訪れた時にくらべ、街がずいぶんきれいになってます。北陸新幹線開通の影響かしら。

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 石拾いとは関係ないけど、どうしても気になったのがこれ。タイムカプセルですって!この下に埋まってるのかしら。
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by touhen03 | 2015-10-25 07:56 | 県内の海岸と川

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 さて恒例?、灘陶片のてんこ盛り一丁上がり!全部拾いきれなかったのですが、それでも大漁でした。来月からは午後の潮の引きも時間も悪くなりますから、尾道周辺の陶片拾いの旅は来年の春まで待つことになります。秋~冬は拾ったものの整理と、拾うなら広島市内の川などになります。

あっ・・・砥部の大切な陶片2つ、てんこ盛りに入れるの忘れた。(>_<)
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by touhen03 | 2015-09-27 12:52 | 県内の海岸と川

浦崎町灘の陶片 その5

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 上段左端と、その隣は統制番号入りで「瀬358」と「岐97」です。右から二つ目は陶製おろし金。これも戦時代用品で時々出てきますね。右端はガラス製です。化粧品容器でしょうか。

 下段左端はおなじみ、吹き墨タイプの富士山柄の湯呑、昭和戦前人気があったようです。そして中央が昭和っぽい手描き皿ですが、目跡付きです。お皿の表面にロクロ跡もしっかり残っています。砥部産と思われます。右端は以前アップした子供茶碗です。
 
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by touhen03 | 2015-09-23 22:30 | 県内の海岸と川

浦崎町灘の陶片 その4

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 銅版転写の皿、鉢、碗、湯呑です。明治から昭和戦前、大量に作られましたので、灘の干潟からもたくさん出てきました。下段右端は以前アップした、蛇の目釉剥ぎのある碗です。しかし、他には目跡のある碗や皿は見つかりませんでした。
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by touhen03 | 2015-09-21 21:20 | 県内の海岸と川

浦崎町灘の陶片 その3

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 型紙摺りの皿と碗、それに手あぶりか火入の縁です。見てのとおり、灘で拾った型紙摺り皿の半分に目跡があります。型紙摺り皿には目跡があったり無かったりする。これは私が陶片を拾い始めた頃から馴染んできた姿でした。しかし、これは拾う地域によって、どうやら差があるようです。シルバーウィークの連休中、コレクション部屋で頂きものの各地の陶片を比べています。おもしろいのですが、もう少し時間がかかりそうです。今年は広島の陶片の全体像が変化するかもしれません。
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by touhen03 | 2015-09-20 23:10 | 県内の海岸と川

浦崎町灘の陶片 その2

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 上段左端は前の記事でアップした馬の目皿、隣は備前あたりのすり鉢か、右端、このタイプのすり鉢も一定の割合で出てくるんですよ。土の色は必ずこんなふうに赤くて、柔らかい感じの焼き上がり。底の櫛目が少ないのですが、周りは密です。底の作りも簡素です。下段は肥前の鉢でしょうね。おおむね江戸時代ということで。備前のすり鉢は微妙かな。すり鉢の年代、宿題として持ったままです。
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by touhen03 | 2015-09-20 07:50 | 県内の海岸と川

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 それでは全体をご紹介します。まずは江戸の染付から。江戸中期から幕末の、飯茶碗に小皿、鉢の小片まで、保存状態はまあまあですが、数はけっこう出ています。全部歩けませんでしたからね・・・もっとあったかもね。(>_<)
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by touhen03 | 2015-09-20 07:38 | 県内の海岸と川

浦崎町灘・子供茶碗

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 子供茶碗が出てきました。上絵付けが剥げてますので撮影に苦労しました。電車のような乗り物には人物が乗っています。日の丸が見えますので、どうやら戦前のようです。

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 いろいろ角度を変えて撮ってみましたが、あれが写れば、これが写らないという感じです。この電車、トロリーバスみたいに、屋根に長い棒がついているタイプです。市電でしょうかね。

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 電車に提灯→お祝い?そして戦前・・・・シンガポール占領とか、ひょっとして皇太子誕生?う・・・ん、いくらなんでも飛躍しすぎですよね。(^◇^)
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by touhen03 | 2015-09-18 23:15 | 県内の海岸と川

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 ここに取り上げましたのは、銅版転写の碗。模様の保存状態も良くないというのにアップしました訳は・・・

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 じゃーん!見込に蛇の目釉剥ぎがあるのです。蛇の目釉剥ぎは窯で重ね焼きをする時に、器どうしが溶着しないよう、あらかじめ釉薬をドーナツ状に剥いでおくものです。本来は江戸時代の量産方法ですが、砥部では大正時代以降、むしろ蛇の目釉剥ぎが盛んにおこなわれるようになったそうです。この頃、東南アジアなどへ、伊予ボールと呼ばれた安価な食器類を輸出していて、コストを下げるためむしろ復活したと聞きました。

 それにしても、銅版転写の蛇の目釉剥ぎは、たぶん初めてかも。砥部の銅版転写やゴム印の場合、目跡があるケースが多いのです。蛇の目釉剥ぎは、型紙摺りや、合成染料の手描き、白磁に多いのですけれどね。型紙摺りと言っても、砥部の場合、大正時代以降もバンバン作っちゃってます。瀬戸や多治見、有田などの時代の流れとは別の時間軸があると言ってもいいくらいです。砥部焼は愛媛県砥部町で焼かれたやきもので、地理的に近い広島にはかなり入ってきているらしく、私のコレクションの年代を複雑なものにしてくれています。
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by touhen03 | 2015-09-15 07:04 | 県内の海岸と川

浦崎町灘の馬の目皿

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 さて、浦崎半島の付け根、灘で拾ったものをご紹介します。まずは馬の目皿。江戸後期、瀬戸で焼かれた皿ですが、実は現代も作られています。表のデザインはそっくりのものもあります。ただし、裏はツルツルで、使いやすくなっています。高台あたりがまるで違います。今回拾ったものは高台から見て今のものではなさそうです。もっとも明治あたりに作られたものがあれば、区別がつくかどうか私にはわかりません。
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by touhen03 | 2015-09-15 06:41 | 県内の海岸と川