7年目の出会い

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これを見てください。明治時代、美濃で作られた小皿ですが、左は2000年に似島で拾ったもの。右も同じ似島で、去年、2006年に拾いました。この二つ、しばらくは気付かずに同じ引き出しの中にしまわれたままでした。ところが・・・
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なんと、この二つはピッタンコ!元は一つの皿だったのです。今回、鞆のページ制作のために、引き出しを引っ掻き回していて、偶然発見しました。7年目にやっとお互いが一緒になれたというわけです。ちょっと感動でしょう。広島湾の干潟では、そう珍しいことではなく、ときどきこんなことがあります。
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by touhen03 | 2007-02-27 22:50 | 陶片コレクション

鞆の石ころ干潟

17日に鞆へ行ってきました。あいにく雨の降る寒い日でしたが、今回は目的がありました。干潟を掘ってみようと思ったのです。干潟の陶片は今出ているものを丁寧に探す方が、欲張って泥の中に埋蔵されているものを掘り起こすより遥かに効率が良いため、普通ならしないのですが、ここは差し迫った埋立計画がありますので、埋蔵状態を幾らかでも確認しようと思ったのです。ただし、以前、宮島でこれをやって次の日寝込んだ経験がありますので、30分間だけ掘ると決めました。ですから、掘るなんて言っても、実際は潮干狩りレベルです。場所は計3ヶ所。最初に掘ったのは、満潮線に近いあたりで、ここは大きな石ころばかりで、少し瓦が混じっている程度でした。そこで波打ち際と満潮線の中間くらいの場所を掘ってみました。
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なんだこれくらいと思われるでしょうけど、もし潮干狩りでアサリを掘った経験などを思い出していらしたなら、これはまったく違います。スコップと熊手を使ったのですが、カチン、ガリガリ、これが掘る時の音でした。ここまでの穴ができるまでに山ほどの石ころを周囲に放り投げました。石ころをどけては、その下の別の石ころに当たり、それを取り除いてまた別の石ころを掘り出す。中から水が染み出してくる頃には腕が痛みました。宮島でも同じ経験をしていますが、こちらの石ころ含有率ははるかに高いようです。宮島の場合は陶片の多いあたりでも、掘ればアサリも出てきますが、ここはアサリだって、もしいたとしても石に押しつぶされそうな感じです。
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この小さな穴の中から出てきたタイルと陶片です。この他に瓦やレンガの破片も出ました。
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こちらは波打ち際近くで掘りました。例えば宮島なら、このあたりで掘れば、出てくるのはアサリです。サクサクと干潟の泥が気持ちよく掘り返されて潮干狩りを楽しめます。
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ところが、ここでは掘るたびにこんな石材がゴロゴロ出てくるのです。幾ら掘っても、海水が湧いてきても、その水をかい出しながら掘った底からまた出てくるのです。これは石垣などに使う石材でしょうか。少なくともこれ、形からみて自然の石ころではないですよね。後の2つの穴からも、このタイプの石は出てきましたが、ただここみたいに、いかにも石材のままという感じではなくて、不定形のただし丸くない角張った大小不ぞろいの石でした。(写真撮っとくべきでした)
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そして、この穴から出てきた陶片です。こんなに出てきたのです。やはりこの干潟の陶片密度はかなり高そうです。

さて、鞆の干潟とはいったいどんな場所なのか。たったこれだけで正確なことがわかるとも思えませんが、宮島の陶片が集中する場所と比べても、ここは異様でした。なにしろ干潟を掘ったという感じがしないのです。確かにここは干潟で、私は陶片を拾うたびに手が泥だらけになります。しかし、掘ってみると、泥や砂ではなくて、ここは石や岩でできているのではないかと思えてくるほどなのです。私は30分もたたないうちに腕が痛くなり、ヘトヘトになって続けられなくなりました。

ここは私が今手に入れている資料を読む限り、江戸時代の干潟がそのまま残っている場所です。しかし、すぐ近くでは江戸時代から何度も埋立がされていて、その都度石垣などが作られています。もちろん古い石垣は壊されたことでしょう。その時の廃材は近くの干潟にでも捨てられたのでしょうか。それ以上に、近代になってから、家庭ゴミだけでなく、ありとあらゆる廃材の捨て場になっていたのかもしれません。保命酒の容器なども捨てられたという話は聞いています。干潟の隅には明治の年号入りの墓石まで転がっています。

ここから出る陶片には不思議な特徴がありました。中国陶磁などの特に古いものや、高級品、或いは生活必需品以外のものが大量に出てくる一方で、一つ一つの陶片が小さくて、保存状態が他の広島の海岸に比べて悪いのです。もしかしたら、ここの陶片は石で潰され、漬物のようになっているのでしょうか。

干潟の陶片は限られた時間で拾わなくてはならないため、なかなか効率の悪い実験?をする気になれません。地表に出ている陶片が気になって仕方がないのです。でも、やはり時には掘ってみることも大事だとしみじみ思いました。
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by touhen03 | 2007-02-20 00:18 |

兵隊さんのご飯の本

ここんとこ陶片ネタばかりの「陶片茶房」、もともと「陶片窟」のコーヒー・タイムのつもりだったのだし、たまには何か他のネタはないかな・・・と思った時に、目についたのがこの本。菊川俊之著「兵士の給食・レーション 世界のミリメシを実食する」最近、本屋で衝動買いしたものです。なんとテーマは兵隊さんのご飯。アメリカの独立戦争、南北戦争の時代から、現代にいたるまでの戦闘食の歴史や、現代の各国軍隊の食事、自衛隊の駐屯地の平常食、戦闘食などの話がてんこもり。実際に食べてみた感想もおもしろいです。帝国日本陸軍のけんちん汁のレシピなんてのも載ってました。宇宙食も、レトルト食品も戦争がらみで発達したんだねえ。しみじみ・・・イタリア軍のはパスタ料理があるし、韓国軍のにはもちろんキムチ。この本で写真をたっぷり見たので、ロシア、韓国、台湾あたりの軍隊用食料が漂着したら、もしかしてわかるかな。なぜか中国軍のは出てなかったです。最近、浜田にも行っていないので、拾うチャンスもなさそうだけど。この手のものは今まであまり読んだことがなかったので、けっこうおもしろかったです。3日間、通勤の友を勤めてくれました。
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by touhen03 | 2007-02-10 21:46 | その他

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これは以前宮島で拾った統制番号皿ですが、タケノコの形をしています。赤絵で描かれた竹の葉がうっすら残っています。
richouken04さんの「時のかけら~統制陶器~」に、笹の葉の美しい型押し皿がアップされているのを見て取り上げてみました。ごく小さな皿なので、こちらは華やかと言うより可愛らしいデザインだったかもしれません。
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「波」とありますので長崎県の波佐見で作られたもののようです。くらわんか茶碗の故郷が作った統制番号入り小皿です。

まさかその後のタケノコ生活とやらを予感して作ったわけではないと思います。たぶん・・・
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by touhen03 | 2007-02-06 09:06 | 陶片コレクション

今回の骨董市で買ったもう一つ陶製番号入り、岐338の小皿です。
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すご~くよくあるデザインです。全部で10枚、500円。1枚50円でした。思わず全部買い占めました。つい・・・
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ところで実はこれゴム印ではなく、銅版転写のようです。銅版転写の統制番号皿は骨董市でときどき見つかりますし、海岸でも見つけています。
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by touhen03 | 2007-02-06 08:32 | 骨董市・ガラクタ

町内河川敷骨董市

毎月第一土曜、日曜の町内河川敷骨董市に行ってきました。天気が良くて出店も多く、期待したのですが、絵葉書などの紙モノはハズレ。そのかわり統制番号モノに恵まれました。
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これは鶯徳利と言うらしいです。お酒を注ぐと鳴るように作られています。さっそく水を入れて試してみると、ピーッと甲高く鳴きました。(●^o^●)楽しいです。大宰府のお土産のようですが・・・
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じゃーん!統制番号入り。ちょっとかすれていて読みにくいけど、岐801かな。そうなら現在の土岐市下石町で作られたものです。贅沢は敵だ!の戦時中ですが、こんなのも作っているのですね。たぶん昭和16~17年頃の統制番号初期のものかしら。
3500円を3000円に負けてもらいました。ちょっと出費だったなあ。
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by touhen03 | 2007-02-04 22:54 | 骨董市・ガラクタ

銅版転写?

以前から気になっているお皿たちです。海岸でときどき出てきます。一見銅版転写なのですが、よく見ると一部分ゴム印ではと思える部分があります。
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写真は宮島、似島、鞆から出たものです。よく見ると、銅版転写紙の繋ぎ目がずれた跡や縁の部分の紙の皺らしいものが見えます。模様の細い線の部分も銅版転写に見えます。(小菊の花の部分は少し迷いますが・・・) ところが、梅の木や花、菊の葉っぱなどは私にはゴム印に見えます。細い線だけを銅版転写で写し、その後からゴム印で模様を付けたなんてことがあったのでしょうか。銅版でなくては出せない線があるのは確かですし、銅版を彫る手間を節約するのは解りますが、なんだか中途半端な手間をかけている気がします。これは銅版転写とゴム印の合成なのでしょうか?ゴム印へ移行する過渡期の皿でしょうか?最近気になって見つけたら拾うことにしています。
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後日談・・・こうやって記事にしてみて、やはりこれ、ゴム印と銅版転写の合成ではないでしょうね。ゴム印を後から押しているなら、銅版転写の破れや継ぎ目の部分に、銅版とゴム印のズレがありそうな気がします。しかし、銅版転写としても、不思議な一群です。ちょっと妙だなと思う時にはたいてい何か理由があるのですけど。ベタッとした雰囲気が好まれたのでしょうか。
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by touhen03 | 2007-02-04 05:32 | 陶片コレクション