タンポポ

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 春たけなわで、毎日通る道端も花でいっぱい。タンポポも勢いが良くなりました。タンポポと言えば、確か陶片の中にも咲いていたような・・・そうだ、これです。これ。
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 ほら、タンポポでしょう。ほんとうは網目模様なんですけど、この季節はタンポポに見えてしまいます。昔、タンポポがあまり美しく咲いているので、花瓶に活けてみましたが、タンポポの茎ってストローみたいに中空で、水を吸わないんですね。すぐに萎れてしまいました。あの心の晴れるような明るい黄色のかたまりを摘めるだけ摘んで誰かにプレゼントできたら素敵なのに・・・
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 ほんとうにタンポポをデザインした銅版転写の皿もあります。似島で拾いました。綿毛となって、どこまでも、どこまでも飛んでいけ。冒険者となって、思いもしない遠くまで届け。

なーんて、ちょっと妄想過多のようです。実際は風邪を引いて今日一日咳こんでいました。弱っちいなあ。(ーー;)
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by touhen03 | 2007-04-28 00:44 | 陶片コレクション

スガイを食べる

 広島ではスガイを食べます。同じ広島でも福山市ではツメタガイをツブと呼ぶそうですが、広島湾周辺ではツブと言えばスガイのことです。宮島でも似島でも陶片をひっくり返すとスガイがくっついていることがあります。陶片を拾いながら手に入る素晴らしい食用貝なんです。私は勝手に茶碗ツブと呼んでいます。
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 今回捕れたのは15個。毎回12個以上拾えたら持ち帰ることにしています。家族4人なので、1人3粒ずつというわけです。それ以下だったら逃がしてやります。1センチ以下のものは拾いません。私は食べる側なんだけど、12個が近づくとなんだかドキドキします。
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 と言うわけで、15個も捕まっちゃった今回のスガイ君たちは不運にも茹でられてしまいました。
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 爪楊枝を使って出します。ヘタクソだと途中で切れますが、こんな小さな貝で失敗すると食べるところが無くなってしまいます。真剣に取り組みます。ツメタガイと違って、こちらは癖も無く、とっても美味しいです。
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by touhen03 | 2007-04-22 23:47 | 似島

さて、だいぶ干潟が出てきたところで陶片拾いです。
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 こんな感じで陶片は出てきます。鞆ほどではありませんが、陶片密度はとても高いです。
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 波打ち際の方が陶片が多いので、干潮のピーク1時間くらいが勝負です。ここだけは効率良く、さっさと歩く必要がありますが、海草だらけなので足元を気をつけないと危ないです。
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 さて陶片ですが、右側の3つは土瓶の蓋かなにかでしょう。似島からよく出てきます。近代のものだろうと思っています。その左の白い陶片はちょっと写りが悪いですが、美濃の型押しの小皿、明治のものです。海岸でよく出てくるので注意して集めているものです。左側は江戸陶片です。左端下のものは近代かも・・・ちょっと不明。
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 銅版転写の食器の一部分です。ここのものは保存状態が良くて、こんな大きな破片で出てきます。実際はもっとたくさん拾いました。今回は絵柄のおもしろいものは少なかったです。
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 今回も統制番号モノをたくさん拾いました。似島からはほんとうによく出てきます。緑色の茶碗は岐82で、良い状態で出てきたのですが、付着生物を取ろうとして割ってしまいました。(T_T) 陶製のクラブ化粧品乳液瓶も統制番号入り。陶製人形の下の、完品の国民食器小皿は岐353、統制番号入りではありませんが、瓢箪に日陶マークのノリタケ製国民食器小皿もあります。統制番号入り以外では、銅版転写のタイル、戸車、龍や帆船を描いたゴム印食器の傑作、吹き墨の富士山柄の飯茶碗、RCの入ったノリタケ食器は後で調べてみると戦後の銘でした。
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 〇に貯マークの入った碗。このマークは戦後かしら。ひょっとして戦時中の貯蓄奨励茶碗???後で調べなくちゃ。

 その他、久しぶりの似島行きでしたから、山のように拾いました。すでに洗い終わりましたが、ここの陶片は生物系の頑固な汚れが多く、1/4くらいの陶片はもう一度ハイターに浸けています。生物系は徹底的に落としておかないと臭くなりますからね。今日はそれを引き揚げます。たぶんもうきれいになっているでしょう。
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by touhen03 | 2007-04-21 08:54 | 似島

 17日、久しぶりに似島へ行ってきました。波打ち際に陶片の多い似島は、毎年、潮の引きの大きいこの時期に拾いに行きます。
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 似島行きフェリーから見た似島です。この形から安芸の小富士とも言われてきました。
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 春の似島はほんとうにきれいです。いつもの長浜海岸脇の道路から安芸の小富士を写しました。
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 この日の干潮のピークは15時37分頃。今回は少し早めに来て、潮が引いて陶片が現れるまでの間、満潮線の漂着物を探しました。
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 広島湾の海岸は、牡蠣養殖の道具だらけです。海岸の端ではこんなに溜まっている場所もあります。
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 陶片以外の収穫です。右上の丸いプラスチックは牡蠣養殖の道具。算数セットのおはじきと私は呼んでいます。なんとなく拾ってしまいます。なぜか軽い執着があるみたい。なんでだろ~。その隣は散弾銃の薬きょうのフタ3つ。去年宮島でもたくさん拾いました。最近、広島湾で、これの漂着が増えたのか?これもなぜだか拾ってしまいます。これの正体を初めて知った時の感動のせいかもしれません。その左はたぶん大正~昭和の氷カップの破片。左端の牡蠣養殖の棒、赤い色は比較的珍しいので拾いました。下の自然物たちは、真ん中のオカメブンブクは北の大地にお嫁入りする予定です。広島湾には多いですが、それでも去年の大量漂着に比べるとずいぶん数が少ないようでした。後はオニグルミとナミマガシワの色の良いもの、そして右端はカイメン・・・ですよね?
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 このタイプのウニ(バフンウニ???)はいつもより多かったです。(※ サンショウウニだそうです。尚 nao.さん、ありがとう!)
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 ありました、ありました、アリストテレスのちょうちん!ウニの口だそうです。ちほさんの「りっぷるりんぐ」で知って以来、憧れていましたが、いつもは陶片拾いに熱中し、なかなか拾う機会がありませんでした。ついに手に入れました。これもどうして心のツボにハマったのかわからないのですが、私はウニそのものよりも執着しているらしい・・・
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by touhen03 | 2007-04-19 23:29 | 似島

鞆の雛祭り その6

 今日は旧暦の3月3日らしいので、残った雛祭りネタを出しときましょう。
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これも町内のある家で飾っていらしたお雛様です。
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お顔も美しいし、なんと豪華な飾りでしょう。
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 これも同じ家で飾ってあったものですが、皆さま何だと思われますか。明らかに実物よりは小さいのですが、お人形の服にしては大きなサイズです。これはたぶん、戦前の女学校の裁縫の時間に作られたものではないかと思うのです。限られた時間で、たくさんの縫い方を覚えさせるため、実物よりも小さなサイズで縫わせたと、どこかで読んだことがあります。ミニチュアなら布代も安くあがりますし。ここのお家の方がいらしたら、いろいろおもしろいお話を聞けたのではと思うのですが、残念なことにお留守で、確かめることができませんでした。
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 まさか、これも裁縫の時間に作ったのでしょうか?それとも、これは別かなあ。私は蚊帳の記憶が微かにあります。これを吊ると、部屋が海の底のようになっておもしろかった。でも、けっこう暑かった・・・蚊帳のミニチュアにちょっと感動しました。
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 これも確か同じ家に飾ってありました。考えてみたら雛祭りとは関係ないのですが懐かしい!!お祭に着物を着せてもらうと、こんな帯も着けていましたっけ。帯の派手な飾りがうれしくて、いったん着てしまうと後についているため、自分では見て楽しむことができないのが残念でたまりませんでした。

 さーて、これで先月3月11日に写した鞆の雛祭り写真の大部分を紹介し終わりました。メデタシ、メデタシ・・・
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by touhen03 | 2007-04-19 22:15 |

鞆の雛祭り その5

 もうすぐ旧暦の3月3日。現代の日本人は新暦で暮らしていますが、昔からの行事は旧暦にあわせた方がほんとうは楽しい。お正月だって、旧暦ですと新春という意味がほんとうによくわかります。お雛祭りも、新暦3月3日はまだまだ寒くて、運が悪いと雪だって降りかねない時期ですが、今の時期なら野山も畑も都会のちょっとした地面も春真っ盛り。立派なお雛様を奥深い家の中に飾るのなら新暦3月3日も良いですが、外にでて草雛を作ったり、春の行事として楽しむなら、旧暦の雛祭りも悪くないです。ま、そんな理屈をくっつけて、まだアップしそこなっていた鞆の雛祭りネタです。(^^ゞ

 さて、戦前の鞆の雛祭りには、女の子たちが集まって、ままごとではなく、自分たちでほんとうに料理をし、お雛様に供えて食べたんだそうです。お煮事というそうです。そのための小さな道具が鞆の家には今でも残っているようです。ほんとうに料理を盛ったので、普通の食器よりはずっと小さいですが、ままごと道具よりは少し大きめです。
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 小さくても丁寧に描かれた銅版の色絵皿。時代の特徴がよく出ています。町内の展示品。どの家のものだったか、地図に記録しておくのでした。町内に展示してあったお雛様たちは、どこも撮影をOKしてくださいました。ありがとうございます。
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 こちらも、たくさんまわった町内の展示の一つ。ここのは小さいのでままごと道具かな。
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小さな急須は取っ手の部分まで本物そっくりです。
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これも町内の展示品。
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 これは「鞆の津の商家」のすぐ隣で展示していたものだったように思います。たぶん・・・m(__)m
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お煮事道具とままごと道具。平野屋資料館の展示品 
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平野屋資料館展示品
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 七輪など、調理道具まであるようです。こんな道具もわざわざ小さなものを使ったのでしょうね。ままごと道具にしては大き過ぎますから。
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 陶製品以外にも、いろいろな素材の小さくて精巧なお煮事道具があったようです。平野屋資料館展示品

 鞆の浦歴史民俗資料館にも、お煮事道具がたくさん展示されていましたが、残念ながら撮影禁止です。この時期は人でいっぱいだし・・・(ーー;) (これは独り言) 素晴らしいコレクションなのでご紹介できないのが残念です。とはいえ、ここの雛祭り展示、一度は見ておいて損はない素晴らしいものです。素敵な雛祭りの冊子を作っておられますが、資料館さま、お煮事道具だけを集めた冊子も作ってみてはいかがでしょうか。
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by touhen03 | 2007-04-17 08:01 |

春の絵本

 この季節になると、足元の雑草たちが自然と目に入るようになり、思わずじっと見つめてしまいます。そんな時思い出すのがこの絵本。「雑草のくらしーあき地の五年間ー」甲斐信枝作(福音館書店)です。
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 畑あとの空き地に雑草が茂っていくようすを5年間観察して絵本にしたものです。メヒシバやエノコログサの生えた地面は、オオアレチノギクやカラスノエンドウなどの茂る草むらへと変わり、ついにはセイタカアワダチソウやクズ、ヤブガラシにびっしりと覆われていきます。丁寧な観察に基づく雑草の絵と、簡潔で美しい文章が書かれています。科学絵本ですが、これほど幻想的な本は滅多にないと思っています。雑草と呼ばれる草たちの生命力と、そこから生まれる美しさに驚きます。私は田舎で育ったので、子どもの頃、じっと見つめた草むら、ちぎって遊んだ草の感触が甦り、思わず外に出たくなります。
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 私は気に入った絵本があると、つい買ってしまいます。見せてあげる子どもがいるわけではないのに、そうやって集めてしまった本が幾らかあります。コレクションを見ていると、どうやら私の共通した好みがあるようです。手抜きがなく、手間をかけて作られ、過剰な装飾なしに美しい。絵本の外に空間がどこまでも広がっている。作品と私の妄想が一緒になって、絵本の中なのか、屋外なのか、わからなくなるほど広い作品世界。なーんて、作る方はさぞ大変でしょうに、読む方は勝手なことを言います。

 私の陶片も、ただ好きで夢中で拾い集めているうちに、どこへ向かうのか自分でもわからなくなることがあります。陶片のことを知りたくて、論文の類いも読みますが、その緻密さに私は驚いてしまいます。私の頭にはこんな緻密さはないなあ・・・としみじみ思います。干潟で拾いあげた陶片を手に乗せて、妄想に浸る。これが私の世界です。ただ、それでも緻密な知識の世界の方をたえず向いていようと思います。私の頭には明らかに向いていないのですが、いや向いていなからこそ、陶片幻想(いや妄想か)を少しでも楽しい、おもしろい、質の良いものにしていくために。そして、ちょっと迷ったきに、これらの素敵な絵本たちは、昔の船乗り達が見た空の星のように、遥かな世界から道しるべになってくれるような気がしています。(これまた妄想か・・・)迷った時は遠くを見る。どんな場所からでも見える星のようなモノや作品や、そういうものを側に置いておこうと思う。
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ところで、これは草むらに置いてみた鞆の陶片です。ちょっと別の雰囲気が出てくると思いませんか。瑞々しく生えてきた草たちが気になるこの季節には、こんな遊びも悪くないかなと思いました。
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by touhen03 | 2007-04-12 09:32 | その他

31日の鞆 その4

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 今回は保命酒関係の陶片も、おもしろいモノがたくさん出ました。大きな破片たちは、量り売りのための甕なんです。このタイプは大きな菊花などが飾りとして貼り付けてあります。以前、宮島で同じものが出てきて、長い間謎の陶片でしたが、最近になってその謎も解け喜んでいます。真ん中の二つは小さなサイズの備前の角瓶。最近たて続けに出てくれています。右端は狸徳利の顔部分ですが、丸く切り取られて、なんとなく泥メンコを連想してしまいました。質感はまるで違うし、ちょっと立体的過ぎて、ほんとうはあまり似てないのですが、ころっとした感じが玩具っぽくて私は気に入りました。
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 昔の子ども茶碗も出てきました。日本一の旗がありますので桃太郎さんでしょうね。もう少し左側に寄って欠けてくれていたら良かったのに・・・この感じは戦前かなあ?もしかしたら統制番号が入っていたりして。ああ、もうちょっと底も残ってくれたらよかったのに。
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by touhen03 | 2007-04-12 06:00 |

31日の鞆 その3

Kさんが拾ってくださったものです。
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 直しのある陶片は今までにも拾っています。焼き継ぎという方法で繕われたもので、ガラス質の接着剤を使っています。しかし、これはもしかしたら金継ぎではと思ったのです。金継ぎとは、漆で接着して、その上から金粉を蒔いて仕上げる美しい繕い方法です。キズを隠すのではなく目立たせて、新たな美しさを生もうという不思議な発想の修理法。実用本位の焼き継ぎに比べて、お金もかかったのではと思います。Kさんが見せてくれた時に驚きましたが、でも割れ目に染み込んだ汚れかもしれないとドキドキする心を抑えました。

 帰って洗ってみました。他の陶片と一緒にハイターにつけました。後で考えると、蒔絵の器を漂白剤に浸けるなんてまずかったかしらね。家には陶片コレクション以外、高級な器が無いもんですぐに頭に浮かばなかった・・・(ーー;) でも、とにかく汚れは落ちました。そして金色に見える部分は変わりがありませんでした。よく見ると継ぎ目の金色?は小さく欠けた部分(指で触ると凹を感じます)にもあります。縁の部分、左端にも金色っぽい部分があり、光にかざすと、どうやらここは確かに何か塗られている感じ。手で触ると、周りに比べてへこんでいます。もっとも欠けたというより、手触りは窯で焼いた時に元々へこんでいたのでは・・・と思うような滑らかなへこみです。塗ってあるものは手触りに影響を与えるとはとても思えません。これは金継ぎなのでしょうか。ただ海岸で拾ったことは今までに一度もなく、漆や金が海岸でそんなに長く保存されるものなのか、よくわかりません。どなたか、詳しく判る方教えて頂ければうれしいです。
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 裏はこんな感じです。裏だけ見ると、焼き継ぎのガラス質の部分が摩滅した感じとあまり変わりません。
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by touhen03 | 2007-04-10 06:31 |

31日の鞆 その2

芙蓉手の皿ではないかと思うものを拾いました。写真上段の右から2つ目の、ごく小さな破片です。他の陶片は有田の川から拾ったもので、比較のために一緒に写しました。左右に置いた破片の花と同じ部分ではと思います。芙蓉手はお皿の縁に花びら状、或いはそれを省略したような枠を作り、その中に絵を描いた皿で、17世紀半ば~18世紀前半頃、ヨーロッパなどにもたくさん輸出されました。江戸後期にも復活しますが、それは雰囲気がだいぶ違います。今回拾った破片はとても小さくて、当時のものだという確信までは持てないでいます。有名なデザインなので、近代モノもありそうですし。
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今回拾ったもののアップです。途中から皿が深くなっていて、典型的な芙蓉手皿の形もしていたようです。呉須の色、釉薬、断面も現代のものより少しザラザラとして、当時のものっぽい感じではあります。全体の大きさはわかりませんが、有田の他の芙蓉手皿の花と比べるとやや小さめなのか。うーん・・・
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裏の写真です。右端に縦の染付の線が残ります。当時の芙蓉手皿の裏は、丁寧な唐草模様もありますが、下のイラストのような簡単な模様も多く、拾った小片はこちらのタイプだったのではと想像します。たぶん、もう少し大きな破片だったら、雑な渦巻き模様があった・・・かもしれません。
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当時の芙蓉手皿と言い切るほどの自信はないので、取り上げるのもどうかとは思いましたが、鞆の干潟からは、この時代の高級品が出ていますから、高価な芙蓉手皿が出ても不思議はないわけで、そんな夢もちょっと加味して載せてみました。もしも、この干潟が無事に長く存在することができたなら、いつか華やかな17世紀の古伊万里だって出てくるに違いないと思っています。当時の鞆の商人には、それだけの財力があったに違いないからです。
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by touhen03 | 2007-04-06 08:32 |