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 6月1日から、四国の砥部町へ行ってきます。急に連休になったので、砥部焼のふるさとへ行ってみることにしました。町の中心を川が流れていますので、拾ってみたいと思うのですが、最近の天気があまり良くなかったため、ひょっとしたら増水していてダメかもしれません。その場合は資料館などを丁寧に見てきます。急に行くことにしたため、ここ数日、大慌てで準備をしています。
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by touhen03 | 2008-05-31 01:14 | その他

鉄条網の干潟

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 なんだか物騒な題でしょう。実は似島の長浜海岸の真ん中に鉄条網が張られていたのです。確か去年は無かったと思いますけど、どうでしたっけ。あったら記憶に残るはずですよね。この鉄条網より向こう側はなぜか陶片があまり出ません。そのため満潮線に溜まる漂着物目的で歩くくらいで、時間が無い時など、ここから先は歩くのを省くこともあるくらいです。
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 遠くから見ただけではわかりませんが、歩いてみると、この鉄条網のあるあたりを境に干潟の雰囲気が変化しています。一言で言うと、鉄条網の向こう側は干潟がやや単調です。陶片だけでなく小石の類もほとんどなく、生物の種類も鉄条網のこちら側の方が多い気がします。長浜海岸は以前、観光潮干狩りをやっていました。私が初めてここへ来た頃は、看板が残っていたように思います。鉄条網の向こう側には、江田島、切串の人工干潟を思わせるものがありますので、このあたりが潮干狩り会場だったのかなあと想像しています。(これは一度、地元の人に聞いてみるべきですね)
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 鉄条網のある場所の先には、戦前のものらしい、石積みの波止のようなものが残っています。
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 ずいぶん物々しいのですが、この鉄条網、おもしろいことに途中までしかなく、潮の引きの良い日の干潮時には楽々向こう側へ入れます。これが向こう側の風景です。
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by touhen03 | 2008-05-31 01:09 | 似島

似島のガラス片

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 不可飲の目薬瓶の他にも、ちょっとおもしろいガラス製品が出ています。レートの容器、これは割れてなければもっと嬉しかったのですけど。その隣は戦前の氷コップの破片でしょう。かき氷やみつ豆などを盛ったお洒落な器でした。完品は骨董市で人気があるようですね。下はたぶんガラス製石蹴り。こんなデザインは初めて拾いました。
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by touhen03 | 2008-05-30 07:51 | 似島

似島の陶片 その4

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 上段左から、へへへ・・・軍艦形文鎮、戦時中の統制番号入り「瀬424」ゴム印と「瀬726」。右側2つは瓶の栓です。穴の部分に針金を通して、ガラス瓶に止めつけていました。戦時中の代用品の本を見ると、先の細い部分はコルクか何かで覆われていますね。時代の幅がもう少しあるのかどうか、よくわかりません。下段左端は国民食器の湯呑、その隣は最初、防衛食容器の底かと思いましたが、それにしてはカーブがあまり無いような。近い時代の代用品の陶製容器かも。その右隣は防衛食容器ですね。右端は吹き墨の飯茶碗。富士山柄のようです。
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by touhen03 | 2008-05-30 07:51 | 似島

謎の蓋

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 今回も似島から出ました。行けば必ずこの蓋は拾えます。柔らかい器肌が海の生物にとっても心地が良いのか、たいていヤッコカンザシ?などの生物が付着しています。時には数種類の生物の宿となり、海藻までどっさり生えている場合も珍しくなく、長い間、できれば見なかったことにしたくなる陶片でした。しかし、無視しても蓋は出続けました。そのうえ似島以外からも出てくるのがわかりました。ついに私は根負けして?集めはじめました。

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 これは似島、宮島、鞆、天満川などで拾ったものですが、共通しているのは、どこか古瀬戸を連想させる同心円状の模様、明るい色の土と柔らかい器肌、中央に凹みのあるツマミがついていること、蓋の裏側の中央部分の釉が剥げているものが多いことです。また蓋の側には本体と合わせるための縁や突起などはありません。時代も江戸なのか近代なのか、これを見ただけでは私には判りませんが、似島でこんなにたくさん、それも大きな破片で出るところを見ると、近代のものではと想像しています。

 ただ不思議なのは、いまだにこの蓋の本体が判らないことです。少なくともアレでは?とピンとくる形で出てきていないのです。粉々になっているのでしょうか。それともこの蓋を連想することができない意外な姿をしているのでしょうか。これだけよく出る蓋なら、たとえ粉々でも、意外な姿でも、何だろうと思うほど繰り返し出てきてもよいはずなんです。

 ところが今年の3月、私の陶片を見に来られた方が、この蓋を見るなり「骨壷の蓋では?」と言われたのです。ただし、すぐに、よく判らないと、それ以上はっきりしたことはおっしゃいませんでした。この方は以前、瀬戸の窯跡の取材などもされていました。陶磁器について詳しくないと言われてはいましたが、いろいろな場所で取材をされてきた方の直感は一応気になります。非常にあやふやな情報ですが、なんらかの情報が集まるかも・・・とあえて書いてみました。そんなわけで、今ではこの蓋、あれば必ず拾うことに決めています。

※ beachcomberjpさんから、陸地のハケで見つけた同じタイプの陶片写真を見せていただきました。どうやら私も時々見かけた、縁が玉縁になった地味な破片が本体の可能性が高いようです。やはり骨壷の蓋ではなさそうです。でも、まさか・・・骨壷!?という思いがエネルギーとなり、地味なこの陶片の素性が一気にわかったのですから、見に来てくださった方にも感謝です。これから、その目で拾ったり、すでにコレクションしているものを整理しなおしたりして、またこのテーマで書ければと思っています。皆様ありがとうございました。
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by touhen03 | 2008-05-29 01:17 | 陶片コレクション

似島の陶片 その3

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 上段と中段左3つはゴム印で絵付けしています。中段左から2つ目は火鉢の縁です。火鉢はこんなふうに出てきてほしいと思います。保存状態が良すぎると困る陶片というのも中にはあるのです。(^^ゞ これらは昭和戦前かな。戦後もゴム印は作られましたから、混じっているかもしれませんけど。
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 上段左端の陶片です。これと似たデザインの銅版転写皿を幾つも拾っていますが、これは銅版転写ではないようです。ゴム印と手描きの併用だろうと思うのですが・・・
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 これは近代五弁花ですね。このゴム印タイプの五弁花はけっこう多いです。これについては以前、陶片茶房で取り上げています。

 中段右二つは手描きです。右端の丸におめでたい文字を描いたものはけっこう出てきます。戦前のある時期流行したのだろうと思います。下段左端と同じタイプは大正2年に火事で焼けたセトモノ屋跡からも出ていますので、けっこう古いのかもしれません。作られた時代の幅を知りたいです。

 下段左から2つ目、文字はたぶんキリンレモンかな。これは左から右へ書かれていますし、たぶん戦後かな。ただし、キリンレモンは戦前から売られているんですね。1928年発売でした。キリンビバレッジのサイトによりますと、アンパンが5銭だった当時25銭もした高級品だったそうです。最近は陶器でノベルティ・グッズなどなかなか作らなくなりましたから、黄色のロゴの入ったガラス瓶の時代、昭和30~40年代のものかも???

 下段中央の杯は模様もなし。昭和戦前かもしれませんが、時代不明です。右端二つは、また出ました、謎の蓋。蓋ばっかりがやたらに出てくるのです。似島以外からもときどき出てきますが、似島は行けば必ず拾えます。これについては未確認情報もありましたので、後ほど改めて取り上げてみたいと思っています。
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by touhen03 | 2008-05-27 07:34 | 似島

似島の陶片 その2

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 銅版転写の器たちです。下段右端の湯呑は、マークと文字の部分が少し銅版転写っぽい気がしたのですが、違うかも・・・
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 これとまったく同じ絵柄の皿を、似島で以前にも拾ったことがあります。また出ました。ひょっとして一緒に捨てられたのかどうかは判りませんが、他の場所からも色変わりなど、幾つか拾っていますので人気のあるデザインだったのでしょう。
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 これは駅弁の蓋です。微かに残る青い色は、国鉄の動輪マークだと思います。似島からはなぜか駅弁の容器が幾つも出ています。
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 このマークは福屋のシンボルマークです。福屋と言えば広島では有名なデパートで、子供の頃、広島に三越が進出して来た時、全国的には福屋より有名なのだと聞いても、なんだか信じられず、胡散臭い気がしたのを覚えています。(^^ゞ 福屋の屋上遊園地で遊んで、最上階の食堂でお子様ランチを食べる!これが広島の子供の喜びでした。(うちだけじゃないよね?)福屋は昭和4年に開業、このマークは創業と同時に使われたのかどうか、まだ調べていないのですが、平成元年まで使われていました。つまり、この湯呑は昭和以降のモノというわけです。戦後のものかもしれないですけど。しかし調味王とは何なのでしょう。「れとろ看板写真館」というサイトの調味料系れとろ看板のページに、調味王について載っていました。それによると、調味王は、大正15年創業の広島の企業、味日本の出した調味料らしいです。
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by touhen03 | 2008-05-26 00:08 | 似島

似島の陶片 その1

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 それでは今回拾った他の陶片を紹介します。まずは江戸時代の小片と、主に明治の型紙摺りです。
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 近代陶片が中心の似島ですが、たいてい江戸モノも少しは出ます。左は18世紀くらい。右は・・・幕末~明治としておきます。(^^ゞ
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 これは青磁釉の上から型紙摺りで上絵付けしたものです。ときどき出てきますが、今回のは壷の絵があっておもしろいです。
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by touhen03 | 2008-05-25 00:09 | 似島

軍艦の文鎮

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 一瞬息を呑んでしまいました。陶製の軍艦だ!思わず駆け寄って、これも現場を撮り忘れました。どうして記念すべき瞬間って撮れないんでしょうね。これは文鎮です。拾った時に頭に浮かんだのはグリコの景品でした。戦前のグリコには小さなオマケ以外に、点数を集めると貰える景品があったのです。あれに軍艦の文鎮があったはず。もしかしたら戦争が始まって、あの文鎮も最後には陶製になったのかも・・・この陶製の軍艦形文鎮、確か何かの本で見たことがありました。もしかしたらグリコか?妄想が一気に爆発暴走・・・
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 しかし残念ながらグリコ景品ではないようでした。グリコは木製の軍艦なら作っているようですけど、幾つか持っているグリコ関係の本に、この手の陶製文鎮はありませんでした。ということは戦時代用品かも!瀬戸市歴史民俗資料館の図録「<代用品>としてのやきもの」を見てみましたら、同じものではないけれども、雰囲気の似た軍艦形文鎮が出ていました。高さ3.8センチ、最大幅17.6センチとあります。私が拾ったものは、高さ3.3センチくらい、残っている部分の長さが7.5センチです。
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 それでは代用品だろうかと思いましたが、りちょうけんさんによりますと、骨董市で見る限り、昭和の代用品時代のものではないそうです。陶製の軍艦形文鎮がいつ頃からあるのかははっきりしないそうです。うーん・・・最初の天にも昇る喜びが、だんだんスケールが小さくなっていくような。
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 瀬戸市歴史民俗資料館の図録以外にも、どこかで見たような気がするのですが、持っている資料をいろいろ見てみましたが判らず。でも、この素朴な感じはたぶん・・・高度経済成長以降のモノとは思えませんし、占領下ではちと憚りがあって作りにくいのではと思います。細かい年代は判らないにしても、戦前の陶製文鎮だろうと思います。やはり、じーっと見ていると味があって、嬉しさがこみ上げてきます。
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 ぐいーん!どどどど・・・へへへへ。(^◇^)b

※ ヒッポ爺さんから貴重な情報が。なんとデッドストックの同じ製品を大量に入手したことがおありだそうです。こんな偶然があるんですね。どうやら昭和10年代に落ち着きました。ヒッポ爺さん、りちょうけんさん、ありがとうございます。グリコ景品ではなかったのですが、うれしいです。さすが近代陶片の似島!もう出なくなったなんて、失礼なことを言ってはいけませんでした。
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by touhen03 | 2008-05-24 17:26 | 似島

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 今回、なんと青い小瓶の限りなく完品に近いものを拾いました!口のところがほんの少し欠けているだけです。見つけたときの写真はありません。撮影なんて、すっかり頭から飛んでイスタンブ~ル♪ こんなギャグ言えるようになってしまった。ヤバイかも。(>_<)この写真は家で洗った後、喜びのあまり晴れた空にかざして撮りました。昔、ヒスイ海岸で拾ったヒスイをこうやって写しましたっけ。まあ、準完品は初めてですからね。
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 不可飲とあります。他に何も文字はありませんが、スポイドを収納する凹みがありますので目薬瓶のようです。うほほほ・・・

しかし、不思議です。今まで何年も青い小瓶に憧れながら、破片さえ拾えませんでした。それが鞆で、破片から始まって、首、胴体・・・というふうに少しずつ出てくるようになってからというもの、急に私の周りが青い小瓶めいてきました。音戸の川でもロート目薬の破片が出ましたし、神薬の瓶を頂くという幸運にも恵まれ(ありがとうございます!)、そして今回はついに、ついに出ました。
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by touhen03 | 2008-05-24 16:12 | 似島