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 下島大川で一番目立った型紙刷りたちですので、珍しくはありませんが、このシリーズの最後に記念の集合写真を撮ってみました。陶片が集中していたのは、せいぜい50メートル程度。大きな破片のあり、細かいものなら幾らでもという感じで、さすがに全部は拾いませんでしたが、泥干潟は青い陶片だらけの印象でした。
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 このお茶碗、もう少し良い状態で出てくれたら嬉しかったのですけど・・・(^^ゞ
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by touhen03 | 2011-06-21 07:16 | 広島の島

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 子供茶碗らしいものを拾ったのですが、これ・・・模様が激しくズレています。まさかもともとこんなデザインってことはありませんよね?模様のズレは珍しくもありませんが、これはすごいと思います。
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by touhen03 | 2011-06-21 07:13 | 広島の島

下島大川・清酒華鳩の杯

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 戦後の食器で思い浮かぶものと言えば、この紺地に白い水玉模様の器があります。子供の頃、どこの家でも見かけました・・・などと言えば年齢がバレそうなシロモノでもあります。この白い水玉の部分、触ってみるとへこんでいます。描き模様でも印刷でもないのです。量産食器だと言うのに、なんと職人さんが水玉部分を一つ一つ彫っていたんですって。このデザイン、飯茶碗や湯呑、急須に代表されますが、いろいろなものに使われていたようです。今回下蒲刈で拾ったのは小さな杯でした。
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 高台内には清酒 華鳩とあります。三次市にある、広島県立歴史民俗資料館の企画展図録「広島の酒文化」を見てみましたら、ちゃんと載っていました。下蒲刈島のお隣、倉橋島、音戸町のお酒です。蔵元の榎酒造は明治32年創業だそうで、今でも華鳩を作っています。お酒に詳しくない私は知らなかったのですが、最近も賞を取ったりしています。
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by touhen03 | 2011-06-21 07:10 | 広島の島

下島大川の江戸陶片

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 これが今回の比較的古いもの。上段左端のすり鉢もたぶん江戸時代くらいかと。上段中央は色は悪いですけど18世紀後半の青磁染付碗です。右端は瓶の破片で、これも江戸陶片。下段は19世紀です。広島城の堀跡から出た幕末陶片の幾つかを成分分析したら砥部産だったとか。近代の印判食器と違って、幕末の砥部焼は肥前の量産食器と比べて特に雑ということはないそうで、成分分析でもしないと判らないらしい。ですからこれらの陶片もひょっとしたら砥部産かもしれません。もちろん肥前のものかもしれないのですが。

去年、ネアンデルタール人由来の遺伝子が私たちの体に数パーセント混じっていたという学説が発表されニュースになりました。私は嬉しくて嬉しくて、しばらくネアンデルタール、ネアンデルタールと言い続け、周囲に煩がられました。砥部焼ファンに怒られそうな気もしますが、あの時のドキドキ感とちょっと共通する楽しさがあるんです。そして砥部産食器の方は、もしかしたらネアンデルタール人の遺伝子よりももう少し高い確率で広島の陶片に混じっているのかもしれません。蛇の目釉剥ぎのある近代陶片、目跡のある銅板転写モノ陶片、けっこう出てきますからね。

前回に続き、今回も広島の陶片に伝わる砥部遺伝子?への妄想先行型記事になってしまいましたかも。気になってしょうがないんです。
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by touhen03 | 2011-06-13 06:17 | 広島の島

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 下島大川の型紙刷り陶片の中には、かなり雑な印刷のものが混じっています。模様がずれたり、染料が滲んだり、散ったり。粗雑な印判食器がすべて砥部産と決めつけるわけにはいきませんが、戦前、海外輸出時代の砥部の量産食器にはこんな感じのものが多いようです。
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 こちらもかなり素朴な感じです。
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 左端の陶片、印刷も雑ですし、砥部の川で幾つも拾ったデザインがこれです。型紙は産地ごとに作っていたわけではないため、型紙のデザインで産地を特定することはできないそうです。しかし、それでも砥部に比較的多いデザインというのはあるのかもしれません。右の破片二つは、砥部の輸出品にあった模様と似ていると思い一緒に写したのですが、後で比べてみるとそれほどでもないかな・・・と。(^^ゞ

今回拾ったものには、型紙刷りタイプの蛇の目釉剥ぎや銅板転写皿の目跡付きはありませんでした。これがあると、砥部の可能性がとても高いのですけど。粗雑なもの、砥部でよく見かけたデザイン程度ではブログ記事にしにくいなあと、これ書きながら迷いました。でも、広島の海岸や川で拾う時、産地が比較的近く、そしてこれまでけっこうそれらしいものが出ているため、砥部の存在をいつも意識しています。
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by touhen03 | 2011-06-12 00:06 | 広島の島

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 これが下蒲刈島、見戸代港近く、下島大川河口付近の陶片です。陶片の散乱状況にドキドキした割には、飛び抜けてこれはすごい!というほどのモノはありませんでした。しかし、この場所の特徴は十分出ていると思います。とにかく型紙摺りタイプの印判食器が多い!陶片が集中している場所はそう広い範囲ではありませんでしたが、小さな破片などは取りきれませんでした。銅版転写の皿や湯呑もありますが、型紙摺りタイプに比べて少ないようでした。一方、江戸陶片は19世紀モノが中心とはいえ幾つか出ています。こう見ていくと、比較的古い時代が多いように見えますが、統制陶器も見つかりましたし、実は明らかに戦後、あるいは戦後の可能性が高い、海岸や川で見つかる一番新しいグループの陶片の数の多い場所でもありました。目立つ型紙刷り陶片も、砥部産かもしれないものが混じっていますので、時代はすべて明治というわけではなさそうです。

地味~な内容ですが、けっこう興味深い陶片も幾つか出ていますので、それぞれの陶片を紹介したいと思います。
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by touhen03 | 2011-06-11 23:59 | 広島の島

下島大川・陶片の生態

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 階段を下りると、そこは陶片の国でした・・・な~んて。泥の中にごろごろあるんです。この密度なら、何もないなんてことはまずないでしょう。
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 コーラの瓶が丸ごと。幸先がいいです。コーラの瓶のある場所にはある程度古い陶片が棲息しています。もっとも、ここは化粧品容器の完品もたくさんありましたが、ちょっと時代が新しくてガラス瓶的に拾いたいものは少なかったです。
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 それと、ここの特徴は保存状態がかなり良いこと。このくらいの大きな破片が出てきます。最近拾うものが細かくなってましたから嬉しいです。誰も手を付けてない場所なんですね。うひひひ
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by touhen03 | 2011-06-08 08:54 | 広島の島

下島大川へ下りてみる

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 河口に架かる赤い欄干の橋からさほど離れていない場所にある塩浜橋から見た下島大川です。三番目の橋あたりまで、かなり広い範囲に川底が露出してますが、泥が柔らかい場所も多く、陶片拾いに適した場所は河口からまり離れない範囲に限られていました。
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 塩浜橋のすぐそばに幅広の階段があり、下りるのに苦労はありませんでした。
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 見上げると人の家があまりにまじかなので、ちょっと不審者の気分。「怪しい者ではありません」とひたすら念じながら陶片探しを始めました。鞆の干潟だって家のすぐそばなんですけどね。あそこの開放的な浜と違って、ここは歩くこと自体がなんだか異様に見られそうで・・・
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by touhen03 | 2011-06-08 08:44 | 広島の島

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 今月の大潮は下蒲刈島の見戸代港周辺へ行ってみました。島とは言っても、今では安芸灘大橋で本土と繋がり、バスで来ることができます。かつてはフェリーの行き来する港でしたが、大橋ができてからはそれもなくなり、とても静かな場所でした。港周辺は公園化され、きれいな休憩所やトイレもあり、どこでも飲み物に困らないほど自動販売機が多く、意外に便利な場所でしたが、海岸に陶片はほとんどありませんでした。
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 しかし、地図で予想したとおり、下島大川の河口の方は当たりでした。大川といっても小さな川ですが、川底の泥の中に、チョコ・バーの中のピーナッツのごとく陶片が練りこんでありました。何回かに分けてお届けします。
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by touhen03 | 2011-06-07 07:52 | 広島の島