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 もう少し原川・梅迫川陶片がありますのでアップいたします。(^^ゞ 今回アップしたのは、昭和っぽいものばかり。上段左端のゴム印タイプの飯茶碗、拾う気なら、この保存状態のものがあと数個、もっと細かい破片なら幾らでもありましたが、ゴム印は統制番号入りでない場合は、何か変わった特徴があるとか、デザインが気に入ったとか、そんな理由がないと拾いません。他に拾うものがなければ、それでも拾いますけれど。でもまあ、こんなにたくさんゴム印飯茶碗が健やかな姿でごろごろ転がっているからには、どれか一つ、代表して持ち帰りましょうってんで、これを拾ったというわけです。右端は国民食器、下段左は、これもゴム印飯茶碗ですが、絵柄が竜。このタイプは私おもしろくなって小さな破片でも集めています。昔は人気があったようですよ。下段右は桜の絵の入った杯。これもよく出てきます。よく出てくるものは、その時代を構成していた破片ですから、これも拾います。

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 エンボスのあるこのタイプ、いつでも拾うわけではありませんが、蝶々のデザインは以前も見たことがあります。裏には、「●銘 敷島」の文字。戦前のたばこに敷島はありましたけど、銘・・・これは何の敷島かしら。

6月末の陶片拾いの記事がまだ続いて、とうとう9月に突入しそうです。近年は真夏の拾い歩きはしなくなりましたので、この夏、自由にできる時間は陶片部屋の整理に没頭しました。数が増えすぎて手に負えなくなりつつあったのを、なんとかしようというわけでした。おかげでずいぶん探しやすくなりましたし、新しい発見もあって室内陶片コーミングの気分も味わえました。もう一か月くらいはかかりそうですが、そのうち整理の過程で出てきたネタもアップすることになりそうです。



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by touhen03 | 2013-08-31 23:16 | 広島の島

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 上段左端の鉢は外側が型紙摺り、内側が手描きです。その隣は江戸の雰囲気をそのまま受け継いだようなデザインですけど合成染料っぽいです。写真より実際はもう少し色が濃い感じです。上段右端の型押し四方小皿、これに似たタイプは美濃あたりで明治時代にたくさん作られていますが、これは模様が浅いですね。松などが描かれているようです。

 中段右端は片口の口の部分。残りの二つも片口でしょう。醤油やお酒を移す時に昔はよく使われたようです。がっしりと重たいので、大きな破片で底だけ出てきたりすると、見なかったことにしてしまうこともありましたが、地味ですが美しい器だと思います。

 そして、下段の小さな杯のようなもの。これ、何だと思われますか。こんな感じのものが、これまでもたまに出てきています。汽車茶瓶の湯呑ではないかと最近になって気が付きました。汽車茶瓶とは、お茶を入れて売られた使い捨ての茶瓶です。昭和30年代頃まで、駅で弁当とともに売られていました。湯呑にしてはずいぶん小さいのですが、汽車茶瓶そのものがあまり大きなものではありませんし、蓋も兼ねていた湯呑はかなり小さかったはずです。写真で見る湯呑に質感も、縁の感じもそっくりなんです。これから注意して拾ってみようと思っています。



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by touhen03 | 2013-08-21 22:43 | 広島の島

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 型紙摺りタイプです。このタイプが量産食器の主力であったのは明治ですが、砥部では大正以降、昭和になっても作っています。広島は地理的に近いためか、砥部の混入率が多いようですが区別するのは難しいようです。



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by touhen03 | 2013-08-18 23:51 | 広島の島

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 今回、江田島市飛渡瀬の原川・梅迫川河口から出てきた江戸陶片です。18世紀~幕末まで、碗、蓋、皿、湯呑など。中段右から2つ目は縁のカーブがとてもきつくて、花瓶の口かなとさえ思いましたが、絵がもっと下まで続いていそうですからね。記憶のどこかに何かひっかかっているんですけど。不明です。下段2つは瀬戸美濃系のようです。まあ、江戸陶片の混入率は悪い方ではないですが、どの海岸や川からも一斉に出てくるようになる18世紀半ば以降の雑器です。保存状態は江戸モノに関してはまあまあです。ここはどちらかというと近代のおもしろいもの狙いですね。この先、くらわんか茶碗や皿の大きな破片とか、紅皿あたりがコロンと出てくる可能性はありそうです。




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by touhen03 | 2013-08-18 22:46 | 広島の島

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 こちらも原川・梅迫川河口で出た型紙摺りの小皿です。これ、何だと思われますか。騎馬兵と、もう一人は敵兵?よく見ると帽子を被った様子から、たぶん味方の歩兵なのでしょう。後ろの雲みたいなのは火筒の煙でしょう。戦争図なのです。

 これと同じ図を含んだ小皿が図録やアンティーク雑誌に載っていたため、皿全体のデザインはある程度推測できます。豊田市民芸館の企画展図録「印判染付の美 明治・大正期の絵柄を楽しむ」の中にある小皿は、真ん中に交差した二つの旭日旗と兵隊、周囲の模様部分には日の丸の旗と4つの丸窓があり、その中にこの陶片と同じ図もありました。残りの3つの丸窓には、戦闘場面や軍艦の図が描かれていました。アンティーク雑誌の方は、中央はほぼ同じですが、周囲の丸窓は3つで、拾った陶片と同じ図はありますが、軍艦図がありません。日の丸の旗の代わりに菊の花が描かれています。二つとも地模様は拾った陶片と同じ、ただ、拾った陶片の右端に縦に入った模様はどちらにもありません。中央と周囲を区分しているのは二重の点線ですが、内側にひし形の連続模様があるのは今回拾った陶片だけです。

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 図録とアンティーク雑誌、両方の皿にあった図を描き写してみました。なんと敵兵を刀で切り殺そうとしています。倒れているのは髪型から中国人の兵隊か。日清戦争でしょうか。単純化されたデザインとはいえ、なんとも凄い模様を食器に描いたものです。今回拾った陶片にこの図が含まれていたかどうかはわかりませんが、細部に違いはあるものの、ある程度パターン化されているようなので、あった可能性は高いと思います。




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by touhen03 | 2013-08-14 22:57 | 広島の島

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 波兎と青海波の陶片、実はこれまでも小さな破片で出てきています。上のお月様の部分と右側の陶片は鞆で、左側の陶片は似島で拾いました。鞆の陶片2つは裏の状態を見ると、それぞれ別の器だったことがわかります。見つけるたびにうれしくて、でももうちょっと大きな破片で出てくれたらと悔しかったのです。

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 今回、江田島市飛渡瀬、原川・梅迫川河口で、散り散りだったウサギ達が再び一つになりました。

 次回はこの河口で出た、小さいけれど、とても物騒な図柄の陶片をアップします。




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by touhen03 | 2013-08-13 17:07 | 広島の島

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 今回の陶片で嬉しかったのがこれ。型紙摺りで波と兎が描かれています。波とウサギという本来ありえない風景が陶磁器にときどき描かれているのは、やはり因幡の白兎の影響でしょうね。あの話を知らなかったら、ちょっと不思議な図案です。

 これとまったく同じ柄の陶片は時たま出てきます。陶片として初めて見たのは、今は閉じられてしまったある素敵なブログでした。鎌倉の海岸から出てきたそれを見て、とても羨ましかったのです。(実は今、その陶片も私が頂いてしまっています。感謝!)鎌倉陶片の周囲は欠けてしまっていますが、波兎と青海波を周囲の模様と区分する二重の点線は残っており、その部分のカーブも似ているため、共に鉢か深めの皿だったのだろうと思います。

 アンティークの本にも幾つかこの図柄は出ています。ただし、まったく同じではなく、この図柄を中心にして、周囲の模様は様々なのです。そして私が拾った陶片にほんの少し残っている周囲の模様は、そのどれともまた違っています。器の形も、鉢だったり、皿だったりバリエーションの多さを見ると、当時も人気があったのだろうと思います。




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by touhen03 | 2013-08-13 16:45 | 広島の島

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 原川は家の前を流れる水路と言った方がよいくらいの川でした。それぞれの家が小さな橋をかけています。柿の木が木陰をつくり、若い実が落ちていたりします。最後にはほんとうに溝と言った方がよいくらいの幅になり暗渠となります。護岸は全体としてはコンクリートや、コンクリートブロック積みが多いのですが、石積みや、自然石を積んだ場所もありました。

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 それでもこんな看板がありました。のどかな川に見えますが、恐ろしい顔を持っているのでしょう。隣の梅迫川にも同じ看板がありました。



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by touhen03 | 2013-08-08 23:33 | 広島の島

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 流れの中にある陶片を比べますと、梅迫川からの陶片も無いわけではありませんが、2回だけの印象では、原川の方が陶片が多い気がします。河口付近は川底に泥が多くていかにも陶片がありそうな感じですが・・・

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 底はこんな感じで・・・家のそばを流れていきます。原川は地図で見ると300メートル程度でしたので暗渠となるまで歩いてみました。



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by touhen03 | 2013-08-08 23:14 | 広島の島

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 夏の真っ盛りに6月のネタもなんですが・・・台風の後真っ先に行ったのがここ、江田島市飛渡瀬にある河口でした。干潟の泥がたっぷりと陶片を含んでいそうでしたから、これは期待できると思ったのです。写真の左側を流れるのが梅迫川、右側が原川です。河口は二つの川が合流してできています。

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 泥の中にはたっぷりと陶片があります。かつての宮島のように。そして流れの中はもう陶片だらけだったのです。ですが・・・写真を撮ったにもかかわらず、その一群の写真が行方不明。あまり悔しいのでしばらく放置していたネタでしたが、悔しがっても仕方ないのでアップすることにしました。



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by touhen03 | 2013-08-08 22:41 | 広島の島