代用品の分銅 その2

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 この陶製分銅、長年同じ引き出しの中にあったのですが、最近、これの元になった金属製の分銅が手に入ったため、それと一緒にして専用の箱に移しかえたのです。しばらくして箱を開けてびっくり!中は砂だらけ。そして一番大きな分銅の背中に穴が開いていました!ひえ~、なんだ、これ!

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 実は分銅の中に、こんなモノが入っていたのです。なるほど、陶磁器で分銅を作るって実は大変なことだったのです。分銅ですから、その重さは正確でなくちゃなりません。しかし陶磁器は焼くときに収縮しますし、多少の誤差はたぶん出てきますよね。そこで陶製分銅の中に重さを調節するためのモノを入れたのだと思います。たぶん(^^ゞ。あらかじめそれを入れる穴まで作って。背中の丸い刻印は何かのマークなどではなく、中身が出ないよう接着剤で止めた蓋だったのです。この棒のようなモノは磁石にくっつきませんし、たぶん鉛かな。そして黒い砂ですけど、私はこれを見たことがあるぞ!と思いました。鎌倉の稲村ケ崎や種子島や北海道の海岸で拾っていたからです。

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 やはりそうでした!砂鉄です。ちゃんと磁石にくっつきました。これ、ただの砂じゃいけなかったのかしら。代用品に密かに鉄使っちゃって。重さが一定していて便利だったのか。海岸で拾った砂鉄混じりの砂を磁石で集めたことがありましたけど、大きさも粒ぞろいでしたっけ。

 うーん、戦時代用品の奥は深いです。こうまでして代用品を作らなくちゃならなかったのですね。元になる分銅はまさに金属の塊。これを代用品でという気持はとてもよくわかりますけどね。中からモノが出てきた時は驚きましたよ。10年も知らずにいたのです。でも、サプライズって感じでなんだかうれしい。ここまで手間をかけて代用品を作るなら、いっそこの鉛(鉛と決めてかかっていますが)、仏像とか、サイコロの形にしてあったらより楽しかったのに。「臣道実践」とか「職域奉公」とか「一億一心」とか(面倒なのでそのままにしましたが、もちろん旧漢字で)文字を刻んでくれてもよかった。何のために?誰のために?・・・楽しいではないですか。もちろん何十年も後にこれを手にした私のためにです。



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by touhen03 | 2013-09-30 06:31 | 骨董市・ガラクタ

代用品の分銅 その1

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 もう10年くらい前に頂いた戦時代用品の陶製分銅です。統制番号はありません。

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 こちらは会社近くの骨董屋さんで買った分銅。これが本来の姿です。

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 この陶製分銅の瓦に千って字、これキロだそうです。するってえと、一番デカイのが貮拾五・・・えーっ、25キロ!?まさか、いくらなんでもそんなに重いわけないでしょ。台所の小さな秤でだいたい量ってみましたけど、一番大きいのから、1.5k、420g、300gでした。そういえば金属製のものも4貫と記されています。1貫は3.75kだそうですから×4=15kってことになりますが、実際には950g この数字って錘自体の重さではないのですね。もしかしたら常識なのかもしれませんが、こうゆうもので重さを量ったことがないもんで・・・けっこう悩みました。

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 底はこんな感じです。裏側は・・・実は次回のネタです。ふふふ



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by touhen03 | 2013-09-29 08:32 | 骨董市・ガラクタ

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 満期除隊、退営紀念、凱旋などと書かれた兵隊盃はよく見ますが、これはお盆です。同じように配ったのでしょうか。ずいぶん前に、いつもの瀬野川フリマで買ったものですが、たぶんまだアップしてなかったよね~と、自分のブログに検索かけたりしてしまいました。

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 野砲とは検索してみましたら細々書いてあって頭に入りませんでしたが、要するに、このお盆の絵のような大砲のことみたいです。昔の戦争画なんかによく出てきますね。



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by touhen03 | 2013-09-25 09:08 | 骨董市・ガラクタ

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 玩具や容器などを集めてみました。上段左端の麦わら帽子の陶製人形、元は色がついていたはずです。海岸や川から出てくると剥げてしまって、たいていこんな感じです。

 上段中央二つはままごと用だと思いますが、左側の細かい銅版染付の方はけっこう出てきます。実は近代の紅を入れた容器とそっくりなんです。この手の紅の容器は本物も小さいのですが、こちらはもっと小さい。もしかしてままごと用の紅皿?玩具の紅皿も実際あるようですが、これらのすべてがそうなのかどうか。サイズが近いので、そのまま縮めてままごとの食器のデザインとして使われたのかもしれません。実際はどう売られていたのでしょう。右側の小さな蓋の方も鎌倉で拾われたものの中に同じものがありました。右端の真中に穴のあいたのは何に使ったのでしょうね。

 謎と言えば、下段左端。エンボスの模様がありますが重量挙げ?でも、それにしてはバランスが変。中央は時々出てくる戦時代用品っぽい容器。統制番号は入っていません。

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 下段右端はガラス瓶ですが、美しいので気に入っています。少しいびつで細かい気泡もあります。

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 ガラス瓶の底には、ちょっと見づらいですが、「フエキ」とエンボス文字があります。フエキといえば糊。これまでも拾っていますが、楕円形のタイプは初めてです。

これで今回の原川・梅迫川河口の陶片は終わりです。



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by touhen03 | 2013-09-02 05:40 | 広島の島