e0060485_781528.jpg

e0060485_70481.jpg

e0060485_722813.jpg

 町内の瀬野川河川敷で毎月第一土曜・日曜に開催される「瀬野川フリマ」今月も行ってきました。川土手の道路から写した写真ですが、見てのとおり、大きな市ではありません。プロの骨董屋さんと、素人らしい店が混在し、野菜や果物を売る店も混じります。市というものは育つものなんですね。最初の頃は、ろくなものはないけれど、近いから覗いてみるかという感じでしたが、今ではとても楽しみにしています。「骨董」ではなく、おもしろい「ガラクタ」なら、年2回広島市内で開催される大きな骨董市より上だと、私は思っています。以前の記事にアップした戦時下の小学生の慰問ハガキも、今月ここで買った86枚の古葉書の中の1枚です。もちろん小さな市ですから、ハズレの時にはほんと何にもないこともありますけどね。

e0060485_18462277.jpg

e0060485_1848772.jpg


 「瀬野川フリマ」いつの間にか人も増え、賑やかになりつつあります。そして、そうなるとライバルらしき人影もちらほらと。だいたい私の好むモノは大きな市でもすぐに売れたりしないので、richouken04さんの出没地域でもない限り、気に入ったモノをすぐに確保する気もなく、まして郊外の小さな市のこと、私は毎回ノンキなものでした。しかし、前回11月の市ではヒヤリとしました。目的の古葉書に先客がいて、それもあきらかにひやかしではなく、私と同じようにシラミつぶしに見ています。何がターゲットなのか気になりながら私も葉書の箱の中に没頭。そのうちふと見ると、私がたぶん買うかも・・・と思っていた古雑誌を見ている男性が。この見方、冷やかしではないような。しまった、確保しとくのだった。しかしひったくるわけにもいかないし、今近づいては相手の買う行動をかえって促してしまう。離れろ、離れろ、あっちへ行け!幸い離れてくれた。雑誌を確保。もしあまりに高くて買えない場合、手元に持ち続けると悪いので、仕方なく葉書の山をひとまず置いて値段交渉。もう私が欲しいの見え見えですもんねえ。ああ・・・写真はその時手に入れた雑誌3冊。

 葉書の方は、先客さんは既に終わったらしく、のんびりまわりを見ています。「必死の気」が消えてます。そこで聞いてみると、エンタイヤ、切手が貼られた状態のもの目的でした。分野が違っていたのはラッキーでしたが、それでも私の大好物に「珍しい消印」がないとは限らないですからね、危険なことでした。そんな経験から優先順位をつけました。葉書は探すのに時間がかかりますから、明らかに欲しいと思う雑誌がある場合は先にそちらを交渉してからです。もっとも今月は葉書の方が良いものがありましたけど。



「平城宮跡を守る会」http://narapress.jp/hjk/
[PR]
by touhen03 | 2013-12-22 22:58 | 骨董市・ガラクタ

戦時下の可愛らしい丼

e0060485_8491649.jpg

e0060485_851660.jpg

e0060485_8571323.jpg

 職場の近くの骨董屋さんで買った統制番号「岐267」入りの丼。やや小さめのサイズです。統制番号入りですがゴム印の多色刷り。写真にはよく写りませんでしたが、緑色の部分もあります。少ない染料で精一杯華やかに見えるよう、これ以上は間延びしてどうにもならないギリギリまで空間を取って模様を配置しています。戦時下の制約の中で生まれた器で、写真では地味でパッとしませんが、そばに置いてしばらく眺めていると、染料不足がたぶん幸いして?、案外飽きのこないデザインとなっています。



「平城宮跡を守る会」http://narapress.jp/hjk/
[PR]
by touhen03 | 2013-12-10 08:48 | 骨董市・ガラクタ

e0060485_7525967.jpg

 昭和13年(1938年)、中国の徐州占領直後、鳥取県の尋常小学校6年生女子が書いたものです。文面の兵隊さんという表現から、父や兄など特定の人に送ったのではなく、戦地の兵隊さん宛に書かれた慰問ハガキだろうと思います。たぶん、これを貰った兵隊さんが戦地から持ち帰り、長年保管していたのでしょう。東洋平和の為に徐州を占領とか、私達も一生懸命に勉強をしてよい日本人となります等、当時の教育がよく解る文面です。両手に日の丸を持ってバンザイする女の子と鳥居、絵の方も当時らしいです。そういえばこの時代の女の子は皆おかっぱ頭でしたね。

e0060485_22335790.jpg

 宛名面は大人の字です。差出の最後の部分はたぶん〇〇小学校か。先生から徐州占領を聞かされたその日に書いているようですから、学校で書かせて、先生が宛名を書き、まとめて投かんされたものかもしれません。中支派遣 〇〇(飛行)部隊 〇〇部隊長殿で届いていたのですね。まとめて送ったなら、後で兵隊さんに1枚ずつ配られたのかな。中支とは、戦前の日本で中国の黄河と長江の間にある地域をそう言ったようです。消印は昭和13年5月21日。徐州占領は5月19日ですから、その二日後に投かんされています。それから75年、書いた女の子はご健在なら86~87歳、貰った兵隊さんは・・・骨董市に出ていたところを見ると、遺族が遺品整理をしたのかもしれません。



「平城宮跡を守る会」http://narapress.jp/hjk/
[PR]
by touhen03 | 2013-12-04 22:34 | 骨董市・ガラクタ