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 こちらの3枚も占領地の神社や記念碑を写したものです。上から「大連神社全景」「旅順南山坡山紀念碑一名(海鼠山)」「金州 南山忠魂碑」金州は大連のすぐ隣です。この他にも朝鮮半島や台湾の神社など探せばけっこう持っていました。一枚一枚調べればいろいろ出てきそうですが、勉強不足です。

 しかし、ちょっと想像してみました。例えば、日本中のいたるところ、得体の知れない宗教施設や、自分たちの気持ちとはかけ離れた記念碑が建っていたら・・・と。骨董市では、格安の古絵葉書の箱にこの手のものは混じっているようです。徹底的に蒐集するには、私の情熱がどこか足らない気もしますが、でも見つけたら買ってしまいそうです。たぶん1枚100円以下で買えそうですから。

この回で大日本国防婦人会関連の記事は終わりです。陶片、陶磁器や、その他のネタがけっこうあるのですが、アップの速度が遅いため寝かせたままになってます。春の陶片拾い記事の前に小ネタ類を出しときたいのですが、間に合うかどうか(^^ゞ



「平城宮跡を守る会」http://narapress.jp/hjk/
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by touhen03 | 2014-03-23 22:00 | 骨董市・ガラクタ

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 これまで何回かブログにアップした大日本国防婦人会には中国の大連にも支部があり、「大日本國防婦人會員必携」には、大連支部での講演記録も載っていました。その中に「満州の何處を歩いても亦飛行機に乗らうが汽車に乗らうが何處でも至る所、天を衝くやうな巍然として立って居る忠魂碑があり、忠霊塔があり、又満州は荒漠たる平野とは申しまするけれども長い間旅をして居りますと矢張り目に付くのはその荒漠たる原野に寂しく立って居る、戦死者の墓標、或は諸所に立てられたる忠魂碑、或は招魂社の数多いことであります」という箇所がありました。当時日本の占領地では、その手のものが多数建てられていたのだなあと思いながら読んでいて、そういえば絵葉書にも幾らかあったはずと探してみたら、けっこう持っていました。「旅順白玉山々上之日本忠魂堂」と「二〇三高地山上の紀念碑」もその一つです。二〇三高地は旅順にある丘陵で、日露戦争の激戦地として有名ですね。



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by touhen03 | 2014-03-23 20:49 | 骨董市・ガラクタ

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 これは最近入手した、昭和15年の国防婦人会宛の葉書です。召集された兵隊たちは、故郷の駅や港、或は通過地点の駅などで国防婦人会の世話になりました。国防婦人会は、全国に分会を作って、その地域の分会を単位に活動していたようで、この葉書の頃には日本中、どんな田舎の村にも組織があったようです。この葉書は山口県都濃郡大津嶋村(現在は周南市)の分会宛てに出されていますから、おそらく村出身の兵士が出した礼状と思われます。餞別を貰い、盛大に歓送してもらったとありますが、これが国防婦人会の最も大きな活動内容の一つだったようです。これは印刷していますから、たぶん在郷軍人会や、その他、集まってくれた人達にも送ったのでしょう。

昭和9年(1934年)の室戸台風の時など、国防婦人会は大量の炊き出し、布団を集めるなど、災害時にも大活躍したようです。戦前、これほど大きな組織となった婦人団体は他になく、陸軍の後押しで巨大化し、他の市民運動的な婦人団体のように婦人参政権要求など、権利運動などはせず、戦時体制に適応した、銃後を支える団体でした。出征兵士を見送り、傷痍軍人や遺骨の出迎えをし、出征兵士の家族の世話をし、母として、子供を健やかに育てて、「その子を国の為に捧げる」を理念としていました。

それでも一部の知識階層は別として、田舎の家の台所から女性たちが出て、半日も家を空けて集まるなどということはかつてなく、軍の思惑とは別の社会実験ともなったようです。この点は当時の軍がかなり恐れたらしく、家事をないがしろにしてはいけないと、実にまあ、細かく、うるさく、繰り返し、この忠実な団体に言っています。私が手に入れた「大日本國防婦人會員必携」の軍人による講演記録でも、ここに集まることで、ご主人の夕食がないがしろになってはいけないとか、小心で細かいこと。子どもが泣くのを聞くのが私は嫌いだとか、野外演習の兵隊に煙草に火をつけて手渡す気遣いがどうとか、いちいち、うっとうしい・・・いや、もう。歴史上のある時代に近づき、その時代の印刷物にどっぷり浸かってみるというのは、発見も多いけれど疲れるものです。しかし、この疲れを取り除いたら、やはり何か大事なものが抜け落ちていくように思います。



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by touhen03 | 2014-03-12 22:25

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 大日本国防婦人会は国防不足資源廃物蒐集利用運動というのをやっています。その中の一つに、抜毛蒐集というのがあります。冊子中、「大日本國防婦人會員ニ抜毛蒐集運動ノ提唱」によりますと、「婦人毛髪ハ生理的ニ概ネ三年毎ニ生ヘ換ルモノニシテ一人約七十匁ノ毛髪ヲ有スとセハ一年一人約二十五匁ノ抜毛ヲ生ス」とあります。なんだか羊になったような気がしますね。(^◇^)

 「仮ニ全国成年婦人二千萬人トスレハ一年抜毛四十五萬貫乃至五十萬貫ナリ然ルニ現在内地ニ於テ年額二十五、六萬貫ノ集散アルニ過キス」ふ~ん・・・ピンとこないです。しかしネットは便利。度量衡換算というサイトがありました。それでやってみますと、45~50万貫とは1688~1875トンらしいです。ちなみに25匁は約94gらしい。これホントなんですかね?それにしても、当時は日本国内でけっこう毛髪流通していたのですね。だから思いついたのでしょうね。

 「人毛用途ハ梳毛、縮毛、かもじ類、人形用、製油袋、輸出向かもじニシテ年額二百五十萬圓内外(後略)」かもじは漢字でしたが、どうしても出せませんでした。「(中略)婦人教化ノ大乗的見地ヨリ本事業ヲ全国婦人ノ一大運動タラシメントシテ先ツ之ヲ三百萬ノ国防婦人ニ提唱シ(後略)」とあります。ふーむ・・・

 「本運動ニ共鳴シ人毛取引ヲ快諾シタル人毛業者」として4つの業者名が載っていますが、その中に広島県矢野町の業者がありました。矢野町は現在は広島市安芸区となっていますが、かもじが地場産業でした。私の母の実家があった町なので、母に聞いてみましたら、「あの店なら小学校の近くにあった」そうで、へえ~、そんなこともしてたのかと興味深そうに見ておりました。

ちなみに例によって、変換が面倒な旧字は新字で入力しております。m(__)m この冊子、口語体の部分も多いのですが、この記事のような文体もかなり混じっており、いちいちカタカナに直すのもしんどかったです。やれやれ・・・



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by touhen03 | 2014-03-03 07:45 | 骨董市・ガラクタ