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 今月19日、陶片拾いの大先輩である添田征止さんが亡くなられました。かつてビーチコーミングの情報が今ほど多くなかった頃、ビーチコーマーの集会所だったYAMADAさんの「海辺の散歩」。そこにあった掲示板で、浜辺の達人さんという名前を憶えている方もおられるのではないでしょうか。添田さんは昭和13年生れ。福岡県遠賀郡岡垣町の岡垣浜で30年以上にわたって漂着陶磁器、陶片を採集、研究されました。写真は平成22年 有田町歴史民俗資料館企画展「海揚がりの肥前陶磁ー海に残された有田焼ー」の展示品で、添田さんが拾われた陶片のごく一部です。

 江戸時代、国内向けの陶磁器は、伊万里港からこの地域を通って、船で日本各地に運ばれていったそうです。その中には嵐にあって沈没した船もありました。その陶磁器が今も海底に眠っていて、北九州の海岸に漂着するのです。近年はあまり寄らなくなったそうですが、岡垣町の広い松林の向こうに広がる海岸にはとくに漂着が多く、添田さんは毎日毎日、長い年月をかけてこつこつ採集されました。船の積荷だったものですから、中には無傷で打ち揚げられるものもあり、完形品だけでもそうとうな数のコレクションでしたが、陶片は数万点にものぼるものだそうで、以前、ご自宅に伺った時の驚きは今も忘れられません。添田さんの場合、家の中に陶片があるのではなく、陶片の中に家があるような感じでした。どうしても入りきらない陶片はお庭の藤棚の下に箱に入れて積んでおられたものでした。今、それらのコレクションは、一部を除き、有田町歴史民俗資料館で保存されています。

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 有田町歴史民俗資料館では平成21、22年の2回、漂着陶磁器関係の企画展がありましたが、そのどちらも膨大な添田コレクションが展示されました。写真は平成21年企画展「海揚がりの有田焼ー筑前岡垣浜を中心にー」の図録です。

 添田さんは沈没船の陶磁器という、雄大なロマンあふれる世界を追いかけた人でした。私は陶片を拾い始めた平成8年に有田町の九州陶磁文化館へ行き、拾った陶片を見てもらいました。その時初めて添田征止さんの名前を知りました。それから数年の間、まだパソコンを持たず、一人っきりで拾い続けていた私にとって、添田さんは、この世で唯一存在を知っている同好の人、偉大な先輩でした。陶片を拾っていたら、いつか出会えるだろうか・・・そう思っていたのを覚えています。その後、ほんとうにお会いすることとなり、以後交流を続けさせていただきました。平成22年の展示では、私のコレクションも一緒に展示させていただくことになり、今となっては良い思い出となりました。

 沈没船のお宝に対して、私の陶片は昔の人の捨てた生活ゴミ。同じ陶片でも、その背景にあるものは違います。集めた数も添田さんのコレクションの膨大さは桁外れですが、それでも陶片の夢を共有した方が亡くなられたことは淋しい限りです。ご冥福をお祈りします。

 30年間、海の底からのメッセージを受け取り、漂着陶磁器・陶片を拾い続けられた添田さん。思う存分採集することができて、さぞ楽しかっただろうと思います。
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by touhen03 | 2015-01-31 14:41 | その他

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 偶然手にした「工藝選書」5冊。読んでいると時代を忘れてしまいます。出版物には本来、時代のもつ癖があります。しかしこれは不思議なくらい、戦時下出版物の持つ癖がありません。私は柳宗悦の書いたものをまとまった形で読んだことはなかったのですが、実は抜粋なら、引用文としてなら、目にしていた気もします。なるほどと思いました。戦後の出版物の中に混じって違和感がないのです。

 もちろんそれは逆で、戦後の感性のある部分がこの人に寄っているということでしょうね。「銀花」という雑誌があります。私はこの手のものが好きで、ついつい買って読んでしまいます。柳宗悦をろくに知らないくせに、なんだか以前からなじんでいるような。今回、昭和17~18年の出版物と一緒に目にして、それを自覚したということなんでしょうねえ。わはは

 戦時下の出版物を読んでいると小さな謎が生まれます。昭和20年の8月15日を境に、戦前の世界はどう繋がっていったのかということ。もちろん、占領政策、GHQの存在があって、焼野原とたくさんの人の死があって、アメリカの豊かさに憧れて、そして戦前からの小さな澄んだ流れを多くの人が見つけたということかな。どうしよう、この文章。後で削除したくなりそうな気もするのだけれど。ここまで書いたし、まあ、仕方がないか。

たまたま手に入った「工藝選書」、戦時下の印刷物として、とにかく異常なんですよ。この一言に尽きますね。
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by touhen03 | 2015-01-27 00:00 | 骨董市・ガラクタ

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 これは「諸國の土瓶」に載っていた目録です。これによりますと、私が手に入れた5冊の前に、「藍絵の猪口」というのが出ていたようです。これも陶磁器ですもんね、それも染付!とっても気になります。

 気になるのは「諸國の土瓶」の後に「近刊」となっているもの。現在の日本民芸協会に問い合わせてみました。するとやはり、この2巻は実際には出版されなかったそうです。昭和19年、いくらなんでも無理だったのでしょうね。

 目録では「木喰上人の彫刻」「諸國の土瓶」の順で出版されたことになっていますが、実際の発行日は「諸國の土瓶」の方が10日早いのです。不思議に思いましたが、実はこの2巻、同時進行で準備が進められていたらしく、表紙や紙の納品の関係で出版が前後したのではとのことでした。1000部限定、手作りならではの手間と、もしかしたら戦時下の辛い出版事情も絡んでいるのかなと想像してしまいます。

 現在の日本民芸協会にも、この「工藝選書」6巻のうち、「諸國の土瓶」しか手元にないそうです。大切に保存しなければと思いました。
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by touhen03 | 2015-01-26 22:03 | 骨董市・ガラクタ

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 「工藝選書」の発行には、いろいろな人が関わっているようです。例えば「日田の皿山」「津軽のこぎん」「諸國の土瓶」は三代澤 本壽(みよさわ もとじゅ)の型染、或は染紙だそうです。日本民芸協会の「工藝」の表紙を制作した人で、戦後も皇居や秩父宮家の屏風など、たくさん美しい作品を作っています。そういえば、私名前は知らなかったのですけど、(^^ゞ 作品は見たことありますよ。生誕101年記念展の三代澤本壽グッズのトランプ欲しい~!ま、それはともかく・・・ この本、知れば知るほどすごいです。

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 裏表紙を並べてアップにしてみました。左端の「雪國の蓑」は後記に「表紙は鈴木繁男君の厚誼により、靜岡紺榮、岡部紺屋の協力に成る」とあります。鈴木繁男という人も、柳宗悦と関係の非常に深かった人のようです。左から二つ目から「日田の皿山」「津軽のこぎん」「木喰上人の彫刻」「諸國の土瓶」です。「木喰上人の彫刻」だけは表紙についての記述がありませんが、やはり美しいです。

後記を読むと、用紙や製版についての感謝の言葉があり、出版の苦労が感じられます。
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by touhen03 | 2015-01-25 21:00 | 骨董市・ガラクタ

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 写真は昭和17年末に発行された「日田の皿山」のカラーページです。これは大分県日田市の小鹿田焼についての本です。陶磁器について知りたいときには、私はできれば新しい本を探します。近年の発掘調査の結果が反映されているからです。しかし、これは当時の考古学ではなく、昭和6年時点での小鹿田焼の現状を調査したものでした。どんな種類の焼き物が、どんな方法で作られ、そして販路はどのあたりまでかまで詳しく書いてありました。小鹿田焼は、砥部焼と同じように、この時期になっても、蛇の目釉剥ぎをし、目跡の残る窯詰方法で焼いていたそうです。昭和の雑器の記録なんですね。

 私は柳宗悦について知らなさすぎたようです。何かの本の中に引用された文章として読んだことはあっても、まとまって読んだことがありませんでした。(>_<) 私の知識は海岸の陶片から始まって、そのつどそれに関係したものを探して読む。何が抜け落ちているか分かったもんじゃありません。ちょっと慌ててます。「日田の皿山」、そして「諸國の土瓶」も濃い内容でした。広島の陶片と縁の切れない砥部にも、昭和28年、柳宗悦はじめ、民芸協会のそうそうたるメンバーが来て、その後の砥部焼に大きな影響を与えたのは知ってましたけど、そろそろ私の蒐集対象からはずれる年代なんですよね。
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by touhen03 | 2015-01-25 14:57 | 骨董市・ガラクタ

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 「雪國の蓑」の写真ページです。東北地方の蓑の写真が幾つも載っています。この地方の蓑は丁寧な作りで、とても美しいものなんですね。ちょっとパプアニューギニアの原始アートを連想してしまいました。

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 こちらは「諸國の土瓶」の写真ページの一部です。このシリーズには幾枚もの写真があり、「雪國の蓑」「日田の皿山」「諸國の土瓶」にはカラーページもあります。写真の質がかなり良いので、陶磁器の質感などもよくわかります。そして「諸國の土瓶」は昭和18年10月発行です。この時期によく作れたと思います。
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by touhen03 | 2015-01-25 03:02 | 骨董市・ガラクタ

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 ヨーロッパの古い雑貨を扱うお店にあった美しい和紙の表紙をもつ冊子。奥付を見て驚きました。5冊とも昭和17年~18年後半のものだったのです。戦時下、特に昭和17年頃から戦後の昭和23年頃までの出版物の紙や印刷の質の悪さはとびきりのものです。これは本当に戦時下に作られたのだろうか。

 その時になってやっと著者名に気が付きました。柳宗悦、発行所は日本民藝協會、「工藝」編輯室。ああ・・・ 不思議に思われるかもしれませんが、実はがっかりしたのです。この美しい本が有名な人のものでなければ、この時代の印刷物は私のものになるはずです。しかし著者が柳宗悦なのです。私は戦前の印刷物を幾らか集めていますが、私はコレクターとは言えないかもと思うのです。なぜなら、どんなことをしても手に入れたいという気がないからです。高価だということは他に欲しがる人がたくさんいるということで、それは消えてしまったりはしない。もし私が魅力を感じるものが安ければ、それは放っておいたら消え去るものかもしれないと思っています。もちろん、一番の理由は私がビンボーだからなんですけれどね。

 無理かな・・・と思いながら値段を聞いてみましたら、嬉しいことにとても安かったので5冊とも買いました。柳宗悦とは言っても、もちろん直筆などではありません。1000部と発行部数も限られているのですが、戦前この手のものを買う人はけっこう大切にしたのではないかと思います。しかし私にとって、とても貴重な情報も持っていました。

この本について、いろいろ気付いたこと、幾らか判ったこともありますので、もう少し続けたいと思います。
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by touhen03 | 2015-01-21 06:46 | 骨董市・ガラクタ

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 茶色く変色したカバーをそっとめくってみると、ハッとするほど美しい冊子が現れました。写真は薄いカバーを取った状態で撮影しています。表紙は和紙で、題は別の紙に刷ったものを貼りつけてあるようでした。大正か?昭和初期か?と思いながら奥付を見て驚きました。
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by touhen03 | 2015-01-20 22:34 | 骨董市・ガラクタ

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 ヨーロッパの古い雑貨が中心の店で見つけました。店主さんは買付けもされているようで、どこかの倉庫から出てきたらしい雑多なものが店先や部屋の隅に置いてあったりもします。そんな中に古そうな本が5冊混じっていました。
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by touhen03 | 2015-01-18 19:31 | 骨董市・ガラクタ

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 こちらも京城日之出商行が出した絵葉書です。京城(現ソウル)に、かつてこんな風景が存在したのですね。日本語の看板、日本風の店の風景。絵葉書の説明がなければ日本の商店街だと思ってしまうでしょう。

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 京城日之出商行発行の絵葉書の宛名面デザインはこのタイプも多いようです。切手添付欄のデザインは前の記事の「袋」のマークとそっくりです。

 ところで、去年買った戦時下の本5冊、調べてみるとおもしろいことに・・・絵葉書もいろいろあるのですが、ちょっとこちらを先に紹介することになりそうです。
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by touhen03 | 2015-01-18 15:32 | 骨董市・ガラクタ