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 「どりこの」とは、昭和戦前に大日本雄弁会講談社(今の講談社)が出した「美味しくて滋養になる」飲み物の名前です。なんと出版社が出した清涼飲料水で、当時、派手に宣伝したようです。この懸賞もその一つなのでしょう。私が入手したのは4等の当選ハガキ。早い話が「このハガキで当社の本を割引します」というもの。露骨な販促ですね~(^◇^)v 「当選した」ご本人はどうやら、これで本を買ったりしなかったようです。でも、70年以上の時を経て出てくるということは、当座はちょっとうれしかったのかな。一応保存して、そのまま引き出しの底や本の間なんかに忘れ去られた・・・ってとこかしら?

 どりこの壜は私にとって憧れの一つなんです。ただし、ガラス製のではなく、戦時代用品の陶製どりこの壜です。richouken04さんのブログで見て以来、拾いモノの神様にお願いしているものの一つです。私が「戦時下の白磁」と呼んでいるものと違い、茶色っぽい色をしてますが、戦時代用品壜の魅力が最高に出ているものです。美しい壜だから丸ごと出ないかな~ボコッとね。 
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by touhen03 | 2015-06-29 22:27 | 骨董市・ガラクタ

戦前の化粧品の懸賞広告

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 ハガキ大のこの懸賞チラシ、レートクレームにとてもよく似ていますが、「オリヂナルバニシングクリーム」安藤井筒堂となってます。レートクレームは平尾賛平商店ですもんね。調べてみたら戦前の雑誌や新聞の広告によく出てくる「オリヂナル香水」や「カオール錠」の会社。戦後のハンドクリーム「ももの花」もこの会社が出していました。懸賞の期間は昭和8年7月10日~昭和9年2月末日まで。どうしても欲しい人は、このクリームをたくさん買えば貰えるそうです。そうまでしなくても、瑪瑙の帯留めを直接買えば・・・なんてのはいつの時代でも野暮な話なのでしょう。
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by touhen03 | 2015-06-24 22:11 | 骨董市・ガラクタ

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 こんなハガキ見つけました。全国家庭訪問隊の実物宣伝、全国レート躍進大会の盛況とあります。写真が不鮮明で、ハガキを拡大してみても宣伝販売しているのが、あの海岸や川でお馴染み、レートクレームかどうかまでは確認できませんでしたが、戦前もこうして訪問販売したり、販売促進のための大会を開いたりしていたのですね。

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 レートクレームの平尾賛平商店が出したハガキだと思うのですが、レート本舗となっています、こんな名前も使っていたのかしら。レートが今も続いていたら、会社に問い合わせてみるのですけどね。
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by touhen03 | 2015-06-23 07:03 | 骨董市・ガラクタ

戦前の缶詰の広告ハガキ

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 缶詰問屋が出した、広告ハガキです。牛肉ビックリ煮だそうです。味は・・・すき焼き缶詰と書かれていますから、その手の味なんでしょう。出張日や出張員の名前を書く欄があったり、前回に倍しご注文などとありますから、小売店向けに出されたものでしょう。

 侍?のイラストがなんともおもしろいですね。廣島川上古市町とあります。古市は現在の広島市安佐南区にある地名ですが、川上とは・・・ネットで検索してもこれは判りませんでした。古市は広島市中心部を流れる太田川の上流ですから、それで川上かしら?物流の運搬に川は使われていたでしょうから、今より目印になったのかな。

戦前の広島県は缶詰業が盛んだったようです。なかでも牛肉の缶詰は全国生産で、かなりのシェアを占めていたらしい。軍の施設が多かったので、日清、日露、シベリア出兵、日中戦争開戦時と需要は伸びたようです。

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 消印はちょっとわかりにくいのですが、2年?それとも8年?田沢切手というタイプですので、少なくとも大正2年以降ということでしょう。
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by touhen03 | 2015-06-20 06:31 | 骨董市・ガラクタ

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 戦前の「主婦の友」(当時は「主婦之友」)定期購読継続への案内ハガキです。「主婦之友」は1917年(大正6年)2月創刊だそうです。ハガキの宛名面の通信欄が1/2になるのは大正7年3月頃らしいので(4月と書いてあるものもありましたけど、細かく調べてませんm(__)m 要するにだいたいこの頃)、これは創刊からまだ一年もたっていない大正7年1月と思われます。絵の作者は藤原英比古。「主婦之友」に「とん子と勝坊」という漫画を描いていたようです。

 現在岩国市となっている小さな村で「主婦之友」を楽しんでいた人がいたのですね。
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by touhen03 | 2015-06-17 22:30 | 骨董市・ガラクタ

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 こちらも箱入りですが、ラベルは無し。前の武者人形は人形の出っ張った部分の色が箱に付いていて、確かに元からの箱のようでしたが、こちらのはひょっとして中身が入れ替わっていても判らないです。しかし、身に着けている小道具はなかなかおもしろい。正面から見えるのは双眼鏡と軍刀。

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 襟は立襟ではなく、折襟と言うのでしょうか、昭和の軍服にあるようなタイプに見えます。

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 背負っているのは飯盒でしょうか。腰の下げているのは何でしょう。ミリタリーショップのサイトで見た弾薬入れに似ているような気がしますが、私にはよく判りません。

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 この丸いものは水筒でしょうね。外側に吊り下げるための帯があります。縦に茶色く塗ってあるのも帯なら、刻印の部分とずれたのかしら。確か士官用の水筒は全体にカバーが掛かっていたのではないかと思うので(たぶん)、それなら、この立派な髭の兵隊さんは士官ではなく、一般の兵隊なのかな。 軍装の知識に欠けますので、かなり適当な説明です。

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 この陶製人形にも刻印がありますが、数字は入っていません。統制番号ではなさそうです。

※ この人形は、「双眼鏡を持った将校」であることが判明しました。このデザインで何種類も出ているようです。当時、繰り返し作られた定番人形のようです。昭ちゃんさん、そして、tukitodoranekoさん、ありがとうございました。


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by touhen03 | 2015-06-12 22:39 | 骨董市・ガラクタ

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 先月の瀬野川フリマで手に入れた陶製の人形です。箱入りで1000円でした。海岸では色落ちした白い状態で出てきますが、元はこんな派手な色をしていることが多いようです。箱入りで手に入りました。博多御人形とありますね。これ博多人形なんですかね。いや、博多の御人形ってことかしら。^m^

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 後姿です。実はこれにおもしろい発見が。

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 〇に昌の文字と、147という数字が刻印されています。おおっ、これは統制番号か???これを見て即座に購入を決めたのです。 しかし・・・箱のラベルにも〇に昌の字がありますね。商標かしら。でも、それならその後の147は何でしょう。richouken04さんのブログにも「昌」の頭文字はたぶん無かったように思うのですが、これはいったい何でしょうか。
 
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by touhen03 | 2015-06-05 22:21 | 骨董市・ガラクタ

江尻川の陶片

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 江尻川で拾った陶片はこれが全部です。上段左2つは江戸モノの碗で、右2つは型紙摺りの碗と小ぶりの鉢。下段左端は前の記事でアップした統制番号「岐849」入りMASTER壜。中央は銅版転写皿で右端は型紙摺りの湯呑。計7個です。(^^ゞ 上段右の型紙摺り2つは河口の干潟で、MASTER壜は2つ目の橋の下で拾い、残りは最後にたどり着いた、河口近くの橋のそばの陶片溜りで拾いました。

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 それにしても、この銅版転写皿。皿の中のキズは目跡なんてレベルじゃないですね。たぶん、窯で焼いた時、上に置いた器の糸底の痕がそのまま残っちゃったのでしょうかね。よく見ると右下の白い部分も、もしかしたらデザインではなくて、転写紙がずれたためかしら?裏側の高台部分も青いシミが派手についてます。究極の安物皿でしょうね。でも、考えてみたらオカズが乗っている時には隠れてますからね。十分役に立ったでしょうし、普段使いの気軽さで、人一倍(いや皿一倍と言うべきかな)働いて、ご主人様のお役に立って、この川に来たのでしょう。よしよし可愛いヤツめ。
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by touhen03 | 2015-06-04 22:02 | 広島の島

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 三面張りの川底に陶片は無かったけれど、泥に足を取られることもありませんでした。滑るので、ちょっと汚いですが、ずるずるのコンクリート部分を持ちながら歩きました。

 結果から言うと、この写真のコンクリートの端から下りたら良かったのです。帰りはここから上に上がることができたのですから。でも、そうしていたら、MASTER壜は拾えなかったわけですから、まあ良しとしましょう。

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 ついに川土手から見えた陶片の近くまでたどり着きました。川底は砂です。歩けます。しかし、根性曲りの江尻川(地元の方すみません。独自の価値観で呟いております。m(__)m )のこと、そうそう宝物を渡してなるものかと、周りを柔らかい泥が囲んでいました。写真右上の黒い泥みたいなのがね。ここまで来てダメなのか・・・

 ところが、神様が哀れに思ったのか、それとも、あまりしつこいので早く追い払いたくなったのか、僥倖が。屋根や倉庫の壁なんかに使うトタンの波板、ただし金属でなく樹脂っぽいヤツ、あれの小さな破片が泥の上に乗っていました。片足を乗せてみましたがメリメリいいません。これで陶片は私のものだ~!ああ、ここは砂底の川、憧れの地。濁った水が足の間をさらされと流れていきます。

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 拾いました。これがその陶片です。うーん、銅版転写皿の方、良さそうな模様に見えたのですが、拾ってみると印刷のボケた微妙なタイプ。それでも、もう一つは19世紀の江戸モノでしたね。苦労の末の獲物です。

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 そして、あははは。遠くから見ると、これが、江戸後期っぽい染付皿に見えたのです。昭和のかなり新しそうな小皿。統制番号も無し。戦後のものかもね。

 でも、満足しました。諦めて帰っていたら、獲り逃がした獲物は大きく偉大になってくるし、精神衛生上悪かったですからね。予定ではこの後、去年の場所に行くつもりでしたが、さすがにそれはできませんでした。ここでたっぷり時間を使っちゃいましたから、夕暮れと潮に追い立てられます。川からあがり、ゴム長靴をしまい、バサバサの髪をとかして、文明人らしい姿に変装?したら、体中が痛いこと。一気に疲れが噴き出てきました。

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 向島を出たのは午後7時を過ぎていました。備後造船横の干潟と江尻川。成果はそこそこでしたが、楽しかったです。陶片を溜め込んだ干潟とドブがある限り、人生とは悪いものじゃないです。ヤッホッホー!!
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by touhen03 | 2015-06-01 22:51 | 広島の島