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 上段左端は湯呑か盃。見込に印刻で壽の文字入り。このタイプ時々出てきます。その隣はままごとの食器です。こんなに小さくても銅版転写で細かく絵付けされています。これと同じパターンのものを幾つか拾っていますから、たくさん出回っていたのでしょう。その右隣は陶製人形ですが、例によって頭が欠けています。右端は重ね焼きの痕があり、同じデザインの皿を拾っています。砥部産の可能性が高い皿です。

 下段左2つはなんとなく拾ってしまったゴム印の碗と皿。福の字が入っている陶片は磯乞食の神様からのメッセージのような気がして、拾わないわけにはいかないのです。筏の絵の陶片、高台内に銘がありますが、統制番号ではありません。その右端の小片はたぶん湯呑です。実は以前に同じものを大きな破片で拾っていて、それには統制番号がありました。右端、黒いガラス瓶の破片も出ました。もしかしたら戦時下のものかしら。

 海老地区の干潟の陶片は計49個+ガラス壜1個 その内訳は

江戸染付あるいはその可能性の高いもの6 江戸時代?のすり鉢1 
灯明具1 土器類4 鉢或は片口1 沈子2
型紙摺り9(皿7 碗1 蓋モノ1)
銅版転写15(皿6 碗・湯呑・盃6 容器・蓋モノ2 お神酒徳利1)
人形・玩具2 その他近代モノ食器5

 全体に江戸時代から昭和までバランス良く出ています。それでも1回拾っただけにしては江戸モノがよく出た方で、土器類もやや多いと思います。以上、カメラの不調のおかげで、途中から写真が少なくなった浦崎半島の陶片拾いでした。 
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by touhen03 | 2015-08-04 23:18 | 県内の海岸と川

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 あまり保存状態の良くない銅版転写モノです。明治~昭和戦前くらいのもの。

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 中段左端は何かのマーク入りだったようですが、思わせぶりな欠け方です。高台には倉という文字入り。

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 中段右から二つ目は窯での重ね焼きの痕があります。本来、銅版転写の時代には廃れたやり方で、砥部産の可能性が高い碗です。

 下段右端はお神酒徳利。その隣は容器の破片、その左は蓋物の蓋ですが、かなり雑なできです。
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by touhen03 | 2015-08-04 22:17 | 県内の海岸と川

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 いろいろな時代の土器や陶器類を集めました。上段、土器の小片3つは時代用途不明。右端の大きな破片は底に穴があります。植木鉢か蛸壷でしょうね。中段左端はすり鉢の見込部分。櫛目の少ないわりと古いタイプ。ただし、見込部分の櫛目が粗くても、このタイプの周りの櫛目はかなり密なはずです。だいたいレンガ色で、硬い引き締まった感じはしないすり鉢で、広島の海岸や川からはある一定数出てきます。これによく似た明石のすり鉢を資料館で見たことがあります。その隣は灯明具。その右側に斜めに写っているのは鉢か片口の類でしょう。下段2つは漁で使う土製の沈子。
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by touhen03 | 2015-08-03 22:35 | 県内の海岸と川

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 18~19世紀、江戸時代の染付碗、盃、猪口です。上段左端は見込に、五弁花の成れの果てのようなのがあります。下段右端は江戸時代っぽいかなという程度。一応ここに入れました。干潟は広い割に、陶片が出る範囲はとても狭かったのですが、その割には一回で良く出た方だと思います。
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by touhen03 | 2015-08-03 22:26 | 県内の海岸と川

江尻川の陶片

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 江尻川で拾った陶片はこれが全部です。上段左2つは江戸モノの碗で、右2つは型紙摺りの碗と小ぶりの鉢。下段左端は前の記事でアップした統制番号「岐849」入りMASTER壜。中央は銅版転写皿で右端は型紙摺りの湯呑。計7個です。(^^ゞ 上段右の型紙摺り2つは河口の干潟で、MASTER壜は2つ目の橋の下で拾い、残りは最後にたどり着いた、河口近くの橋のそばの陶片溜りで拾いました。

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 それにしても、この銅版転写皿。皿の中のキズは目跡なんてレベルじゃないですね。たぶん、窯で焼いた時、上に置いた器の糸底の痕がそのまま残っちゃったのでしょうかね。よく見ると右下の白い部分も、もしかしたらデザインではなくて、転写紙がずれたためかしら?裏側の高台部分も青いシミが派手についてます。究極の安物皿でしょうね。でも、考えてみたらオカズが乗っている時には隠れてますからね。十分役に立ったでしょうし、普段使いの気軽さで、人一倍(いや皿一倍と言うべきかな)働いて、ご主人様のお役に立って、この川に来たのでしょう。よしよし可愛いヤツめ。
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by touhen03 | 2015-06-04 22:02 | 広島の島

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 三面張りの川底に陶片は無かったけれど、泥に足を取られることもありませんでした。滑るので、ちょっと汚いですが、ずるずるのコンクリート部分を持ちながら歩きました。

 結果から言うと、この写真のコンクリートの端から下りたら良かったのです。帰りはここから上に上がることができたのですから。でも、そうしていたら、MASTER壜は拾えなかったわけですから、まあ良しとしましょう。

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 ついに川土手から見えた陶片の近くまでたどり着きました。川底は砂です。歩けます。しかし、根性曲りの江尻川(地元の方すみません。独自の価値観で呟いております。m(__)m )のこと、そうそう宝物を渡してなるものかと、周りを柔らかい泥が囲んでいました。写真右上の黒い泥みたいなのがね。ここまで来てダメなのか・・・

 ところが、神様が哀れに思ったのか、それとも、あまりしつこいので早く追い払いたくなったのか、僥倖が。屋根や倉庫の壁なんかに使うトタンの波板、ただし金属でなく樹脂っぽいヤツ、あれの小さな破片が泥の上に乗っていました。片足を乗せてみましたがメリメリいいません。これで陶片は私のものだ~!ああ、ここは砂底の川、憧れの地。濁った水が足の間をさらされと流れていきます。

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 拾いました。これがその陶片です。うーん、銅版転写皿の方、良さそうな模様に見えたのですが、拾ってみると印刷のボケた微妙なタイプ。それでも、もう一つは19世紀の江戸モノでしたね。苦労の末の獲物です。

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 そして、あははは。遠くから見ると、これが、江戸後期っぽい染付皿に見えたのです。昭和のかなり新しそうな小皿。統制番号も無し。戦後のものかもね。

 でも、満足しました。諦めて帰っていたら、獲り逃がした獲物は大きく偉大になってくるし、精神衛生上悪かったですからね。予定ではこの後、去年の場所に行くつもりでしたが、さすがにそれはできませんでした。ここでたっぷり時間を使っちゃいましたから、夕暮れと潮に追い立てられます。川からあがり、ゴム長靴をしまい、バサバサの髪をとかして、文明人らしい姿に変装?したら、体中が痛いこと。一気に疲れが噴き出てきました。

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 向島を出たのは午後7時を過ぎていました。備後造船横の干潟と江尻川。成果はそこそこでしたが、楽しかったです。陶片を溜め込んだ干潟とドブがある限り、人生とは悪いものじゃないです。ヤッホッホー!!
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by touhen03 | 2015-06-01 22:51 | 広島の島

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 尾道市向島、富浜地区(備後造船横)の小さな干潟から出た陶片、恒例?てんこ盛り!

計39個 内訳は

江戸時代(18世紀~幕末)、江戸時代の可能性があるもの 8、
型紙摺り 10、銅版転写 8、
軍隊用食器 1、統制番号入り 1、
その他の近代モノ食器 4、近代モノ容器 3、
碍子、ローゼット、フック、沈子 4

 特徴としては、江戸中期~昭和までバランスよく出ています。江戸時代もそこそこあり、幕末に近いものが多いですが、18世紀モノもありますので、また拾ってみたら、何が出るか楽しみな気がします。近代モノ食器の中に砥部産の可能性が高いものが4個混じっていました。軍隊用らしい食器が出ていますが、国民食器は出ませんでした。わりと注意して見ていますので、今回は小片もなかったと思います。

 陶片密度は極めて高かったのですが、昭和のもの、戦後のものの割合も高くて、思ったほどは拾えませんでした。ただし、今回は別の場所でも拾う予定でしたので、いつもより雑な探し方となったかもしれません。すごいモノ見逃していたりして・・・(>_<)

それでは次回は、再び向島の別の場所へ移ります。
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by touhen03 | 2015-05-28 22:43 | 広島の島

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 その他の近代モノ陶片です。

 上段左端は貧乏徳利あたりの口の部分か。中央はポマード容器。ときどき出てきますね。右端は何でしょう。非常に薄いです。汽車茶瓶の断面なんて、もっと薄いかな。これも何かの容器だったのかしら?

 下段左端は電灯を天井と繋いでいた部分、ローゼットではないかと。たいてい菊花型なんですけど、ローゼットでいいのかな?これは簡素な形をしています。ローゼットなら、もしかしたら戦時下??その隣はお馴染み、陶製フックです。よく出てきます。その右隣はチビの碍子。可愛いのでつい拾っちゃいました。右端は素焼きの沈子。
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by touhen03 | 2015-05-27 22:58 | 広島の島

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 こちらは型紙摺り、銅版転写モノ以外の近代モノ食器です。

 上段左端は、デザインは18世紀のくらわんか皿によく似てますけど、これは合成染料が使われているようです。明治以降のものですね。その隣の小さな器、これも一定の割合で出てくる近代モノです。これについてもっと詳しく知っておくべきでしょうね。少々放置し過ぎです。(^^ゞ その右隣はゴム印の飯茶碗、統制番号「岐121」入り。多治見市笠原町で作られたものです。右端は竜柄のゴム印飯茶碗の破片。まったくこれ、よく出てきます。型紙摺りでも銅版転写でもゴム印でも、竜柄は多いです。おかげで干潟には高い確率で竜が棲息するというわけです。

 下段左は、今回も出ました。軍隊食器らしきもの。マークは残念ながら欠けています。右は盃か。たぶん使い捨てではないかしら。このタイプも時々出てきます。
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by touhen03 | 2015-05-27 22:39 | 広島の島

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 すべて銅版転写で絵付けされた皿、鉢、湯呑(或は小鉢)です。

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 上段の皿のうち、左端をのぞく3つは窯で重ね焼きをした痕があります。銅版転写による絵付けは明治時代にはじまり、しだいに型紙摺りタイプに取って代わり、大正~昭和戦前にかけて大量に作られました。本来、この時期には重ね焼きの痕が残るような作り方はしなくなっています。が、たとえば安価な輸出品を作っていた愛媛県の砥部町では、むしろ大正以降、盛んにこの方法で焼いています。そんなわけで、この3つも砥部産の可能性が高いと思います。地理的に近い広島には砥部産の陶磁器がかなり入ってきているように思います。
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by touhen03 | 2015-05-27 22:26 | 広島の島