2007年 04月 28日
タンポポ



なーんて、ちょっと妄想過多のようです。実際は風邪を引いて今日一日咳こんでいました。弱っちいなあ。(ーー;)
2007年 04月 22日
スガイを食べる



2007年 04月 21日
4月17日の似島(にのしま) その2







その他、久しぶりの似島行きでしたから、山のように拾いました。すでに洗い終わりましたが、ここの陶片は生物系の頑固な汚れが多く、1/4くらいの陶片はもう一度ハイターに浸けています。生物系は徹底的に落としておかないと臭くなりますからね。今日はそれを引き揚げます。たぶんもうきれいになっているでしょう。
2007年 04月 19日
4月17日の似島(にのしま) その1







2007年 04月 19日
鞆の雛祭り その6





さーて、これで先月3月11日に写した鞆の雛祭り写真の大部分を紹介し終わりました。メデタシ、メデタシ・・・
2007年 04月 17日
鞆の雛祭り その5
さて、戦前の鞆の雛祭りには、女の子たちが集まって、ままごとではなく、自分たちでほんとうに料理をし、お雛様に供えて食べたんだそうです。お煮事というそうです。そのための小さな道具が鞆の家には今でも残っているようです。ほんとうに料理を盛ったので、普通の食器よりはずっと小さいですが、ままごと道具よりは少し大きめです。









鞆の浦歴史民俗資料館にも、お煮事道具がたくさん展示されていましたが、残念ながら撮影禁止です。この時期は人でいっぱいだし・・・(ーー;) (これは独り言) 素晴らしいコレクションなのでご紹介できないのが残念です。とはいえ、ここの雛祭り展示、一度は見ておいて損はない素晴らしいものです。素敵な雛祭りの冊子を作っておられますが、資料館さま、お煮事道具だけを集めた冊子も作ってみてはいかがでしょうか。
2007年 04月 12日
春の絵本



私の陶片も、ただ好きで夢中で拾い集めているうちに、どこへ向かうのか自分でもわからなくなることがあります。陶片のことを知りたくて、論文の類いも読みますが、その緻密さに私は驚いてしまいます。私の頭にはこんな緻密さはないなあ・・・としみじみ思います。干潟で拾いあげた陶片を手に乗せて、妄想に浸る。これが私の世界です。ただ、それでも緻密な知識の世界の方をたえず向いていようと思います。私の頭には明らかに向いていないのですが、いや向いていなからこそ、陶片幻想(いや妄想か)を少しでも楽しい、おもしろい、質の良いものにしていくために。そして、ちょっと迷ったきに、これらの素敵な絵本たちは、昔の船乗り達が見た空の星のように、遥かな世界から道しるべになってくれるような気がしています。(これまた妄想か・・・)迷った時は遠くを見る。どんな場所からでも見える星のようなモノや作品や、そういうものを側に置いておこうと思う。

2007年 04月 12日
31日の鞆 その4


2007年 04月 10日
31日の鞆 その3

帰って洗ってみました。他の陶片と一緒にハイターにつけました。後で考えると、蒔絵の器を漂白剤に浸けるなんてまずかったかしらね。家には陶片コレクション以外、高級な器が無いもんですぐに頭に浮かばなかった・・・(ーー;) でも、とにかく汚れは落ちました。そして金色に見える部分は変わりがありませんでした。よく見ると継ぎ目の金色?は小さく欠けた部分(指で触ると凹を感じます)にもあります。縁の部分、左端にも金色っぽい部分があり、光にかざすと、どうやらここは確かに何か塗られている感じ。手で触ると、周りに比べてへこんでいます。もっとも欠けたというより、手触りは窯で焼いた時に元々へこんでいたのでは・・・と思うような滑らかなへこみです。塗ってあるものは手触りに影響を与えるとはとても思えません。これは金継ぎなのでしょうか。ただ海岸で拾ったことは今までに一度もなく、漆や金が海岸でそんなに長く保存されるものなのか、よくわかりません。どなたか、詳しく判る方教えて頂ければうれしいです。

2007年 04月 06日
31日の鞆 その2





当時の芙蓉手皿と言い切るほどの自信はないので、取り上げるのもどうかとは思いましたが、鞆の干潟からは、この時代の高級品が出ていますから、高価な芙蓉手皿が出ても不思議はないわけで、そんな夢もちょっと加味して載せてみました。もしも、この干潟が無事に長く存在することができたなら、いつか華やかな17世紀の古伊万里だって出てくるに違いないと思っています。当時の鞆の商人には、それだけの財力があったに違いないからです。